「愛子天皇」につながる麻生氏の皇室観

麻生氏には、学習院を経験してこなかった悠仁親王は「天皇にふさわしくない」という思いがどこかにあることだろう。

麻生氏自身、初等科3年から大学まで学習院で学んだ。しかも、政治家としての座右の銘に掲げてきたのが「天下為公」である。「天下は公のものである」というこの言葉を、麻生氏は政治的判断をする上で、常に念頭に置いてきたと述べている。

もちろん、麻生氏が「天下為公」の精神を学習院で身につけたと語っているわけではない。ただ、皇族や華族の教育機関として始まった学習院で、生え抜きを意味する初等科から学んだ経験が、麻生氏の皇室観と無関係だったとは考えにくい。

そうであるならば、自らの親族である皇族が養親となり、養子に入った男性の子どもを学習院に通わせる。自分と同じ道をたどらせることで、皇族にふさわしい教育を受けさせたい。そうでなければ、本当に皇位が継承されたとは言えないのではないか。

それが、麻生氏の皇室観ではないだろうか。

実は、国民のあいだに「愛子天皇」待望論が高まったのも、麻生氏と共通の思いがあるからではないか。国民は、学習院を完全にスルーしてしまった悠仁親王よりも、学習院一筋で成長した愛子内親王のほうが「天皇にふさわしい」と考えているのだ。

もしも今後、養子案が不調に終わったとすれば、麻生氏も案外、「愛子天皇」を望むようになるのかもしれない。なにしろ愛子内親王は、学習院という大事な「母校の後輩」であるからだ。

天皇皇后陛下並びに愛子内親王殿下(2022年12月23日)
天皇皇后陛下並びに愛子内親王殿下(2022年)(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons
島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。