揺るがなかった皇室典範の大原則

だからこそ、今や天皇家の中心として毅然きぜんとした態度がとれるわけである。それはおのずと、国民のあいだに、「愛子内親王に天皇に即位してほしい」という思いを抱かせることになる。私の周囲でも、「なんで愛子さまが天皇に即位できないのか」と、それを疑問に感じるという声を上げる人が少なくない。

直系の長子を優先する考えは、兄弟姉妹の違いをあまり強調しないヨーロッパの社会にもある。だからこそ、ヨーロッパの各国の王室では、男系を優先するのではなく、男女を問わず長子を優先する方向に憲法が改正されてきたわけである。そちらのほうが、それぞれの国の国民の支持を、はるかに得られるのである。

改めて考えてみよう。今回の皇室典範の改正で、秋篠宮家の曖昧な立場が少しも是正されなかったということは、直系の長子を優先するという大原則にいささかの変化も生まれなかったことを意味する。

大原則はまったく揺るがなかったのだ。それほど、この大原則は重みを持ち、不動のものなのである。

悠仁さまが愛子さまと比較されるワケ

保守派は、「愛子天皇」待望論は、たんに愛子内親王に対する人気によるもので、一過性のものにすぎないと主張する。

しかし、その人気といわれるものの背景には、直系長子での継承という大原則の力が働いている。国民が強く感じているのは、天皇の直系であり、しかも長子である愛子内親王が次の天皇になることこそあるべき姿だ、ということだ。

伊勢神宮の内宮を参拝される愛子さま=2026年8月2日、三重県伊勢市
写真提供=共同通信社
伊勢神宮の内宮を参拝される愛子さま=2026年8月2日、三重県伊勢市

この大原則があるからこそ、秋篠宮は自らが天皇に即位することに消極的なのである。しかも、秋篠宮には、秋篠宮家を残したいという思いがある。それは間接的な形ではあるものの、自分の息子である悠仁親王よりも、愛子内親王のほうが未来の天皇になるべきだという思いを表明したことになる。

悠仁親王ともなれば、天皇は伯父であって父親よりはるかに遠い存在である。しかも彼は長子でもない。長子として、周りを引っ張っていこうという意識が生まれにくい環境で育っている。

国民が、悠仁親王を愛子内親王と比較して考えてしまうのも、それがあるからである。

まして旧宮家から養子に入った人間の男子となれば、皇室典範の第2条のなかには含まれてさえいない。「皇兄弟及びその子孫」の後は、「皇伯叔父及びその子孫」だけなのである。