「麻生氏の野望」優先でなされなかった議論
上皇が天皇を退位したとき、皇室典範は改正されず、特例法で処理された。そのため、皇室典範には退位の規定がない。したがって、秋篠宮に天皇に即位する意思がなくても、次に天皇に即位せざるを得ない。
つまり、悠仁親王が晴れて皇太子となれるのは、そのときまで待たなければならない。
本来なら、今回の皇室典範改正において、秋篠宮なり、悠仁親王なりが皇太子になれるよう規定を改めるべきだった。それが、悠仁親王までの皇位継承を揺るがせにしてはならないという立場をとる保守派の考えに沿うものだったはずである。
ところが、である。皮肉なことに、自らの親族を将来において天皇に即位させようという麻生氏の野望が最優先されてしまい、旧宮家からの養子案が採用された結果、皇嗣家という立場を是正する処置はまったくとられなかった。主な議論にさえのぼらなかった。
それは逆に、今回の皇室典範改正の目的が、皇族数の確保でも、皇位継承の安定化をめざすものでないことを「暴露」してしまっている。だからこそ、多くの国民の支持を得られていないのだ。毎日新聞(8月5日付)の世論調査では、今回の改正を「評価する」は19%にとどまった。
「直系の長子」である唯一の存在
重要なのは、何事においても、「直系の長子が継ぐこと」がもっとも納得される形であることだ。もちろん、戦後の社会においては、財産などについては、兄弟姉妹の間では「均分相続」するよう定められている。
ただ、家やその家特有の仕事を受け継ぐ、あるいは墓を受け継ぐという場合に、まずは長子がその役割を引き受けることが暗黙の原則になっている。長子にも、その自覚は自然と芽生えていく。
それも日本社会では、子どもを育てていく際に、最初に生まれた子どもには、「あなたはお兄さんなのだから、あなたはお姉さんなのだから、しっかりしないとダメなのよ」とたいてい教え込まれるからである。そこに、兄弟や姉妹の間での意識の違いが生まれる。長子は長子らしく育ち、下の子どもたちとは姿勢や心持ちが変わるのだ。
最近では一人っ子も増えてはいるが、次に弟や妹が生まれないことがはっきりするまで、親はその子どもを長子として育てる。その結果、一人っ子にも長子の意識は育まれる。
愛子内親王の場合は、まさにそれである。
愛子内親王の父である現在の天皇は、弟と妹のいる長子であり、雅子皇后も双子の妹のいる長子である。両親が長子である影響は大きい。子どもは親を模範として育っていくわけで、愛子内親王は一人っ子でありながら、長子らしさを十分に身につけてきた。