麻生副総裁が改正議論で見落としたこと
人間、一つのことばかりを考えていると、他のことがおろそかになる。
今回、皇室典範の改正を主導した自民党の麻生太郎副総裁には、まさにそれが当てはまる。
自分の親族を将来の天皇にするという野望を実現することにすべての力を注いでしまったがために、本来解決すべき重要な問題の処理をおろそかにしてしまったのだ。
それだけではない。その結果、麻生氏が最も嫌う「女性天皇・女系天皇」誕生の道をかえって切り開いてしまった。
それは、どういうことなのだろうか。今回はそのことを考えてみたい。
今回の皇室典範改正を支持するのは保守派の政治家であり、その支持者である。彼らは男系での継承に強くこだわってきた。そうした人々の前提となる考え方は、秋篠宮家の悠仁親王までの皇位の継承は「絶対に揺るがせにしてはならない」というものである。
現在、皇位継承の資格があるのは3人の男性皇族で、1位が秋篠宮、2位が悠仁親王、3位が上皇の弟である常陸宮である。ただ、常陸宮は90歳と高齢であり、将来皇位を継承する可能性はほとんどない。現実には秋篠宮と悠仁親王の2人に絞られる。
「皇太子」不在の令和時代
ところが、この2人の立場は、皇位継承という観点からすると、かなり曖昧で、微妙である。次に天皇に即位する可能性のある皇族は「皇太子」になるはずだが、秋篠宮は皇太子ではなく「皇嗣」である。「皇」は天皇を指し、「嗣」は継ぐという意味だから、次に天皇に即位する皇族ということになる。
そうであれば、秋篠宮は皇太子でよいのではないか。そう考える人も多いはずだ。歴史的には、天皇の弟が皇太子になった例はいくらもある。
皇太子という存在には特別なものがある。平成の時代が続く間、現在の天皇は皇太子として活躍し、その動向が注目された。皇太子の結婚には世間の目が注がれ、その「ご成婚」は一大イベントとなった。それは、昭和時代の上皇についても言える。
それも、皇太子が未来を感じさせる存在であり、次の時代において新しい社会が訪れることを予感させるものだからである。天皇が現在の日本の「象徴」であるとするなら、皇太子は未来の日本の「象徴」なのである。
象徴になり得ない「皇嗣」という身位
令和の時代になって、皇太子が不在という事態が続いていることは、皇室の未来のみならず、日本社会の未来を展望することを妨げている。
しかも、秋篠宮は、兄である天皇と6歳しか違わないため、自分は天皇に即位する意向がないことを内々に表明している。秋篠宮は昨年の11月に還暦をすでに迎えており、天皇に即位するとしたら、かなりの高齢である。皇嗣という次代継承の立場にはあるものの、これまでの発言などから未来の象徴になり得ないことは、実にはっきりしている。
では、悠仁親王の場合はどうなのだろうか。
皇位継承の資格としては2位だが、皇太子ではないのはもちろん、あえて言葉を作れば、「皇嗣嗣」、あるいは「次皇嗣」とでもなるのか。そんな身位はもちろん存在しない。
なぜ、そうなってしまうのか。そこに、どんな重大な意味を秘められているのだろうか。
「皇長子」最優先の大原則
それは、皇室典範には、「大原則」があるからだ。
その大原則とは、皇位は天皇の直系、つまりはその子どもが受け継ぐべきもので、しかも「最初に生まれた子どもであるべき」だということである。
皇室典範では、第2条で、皇位はまず「皇長子」に伝えられるとされる。天皇の子である。その次は「皇長孫」と定められている。天皇の孫のことである。
秋篠宮の場合、天皇の弟で、「皇兄弟」になるが、そちらは皇室典範ではなんと6番目とされている。6番目は「皇兄弟及びその子孫」なので、悠仁親王もそこに含まれる。
これは、明治時代に定められた旧皇室典範を引き継いだものである。つまり、天皇の直系が皇位を継承することが基本となり、そのなかでも長子がそれを受け継ぐものということが前提となっている。
このように、皇室典範が直系の長子を大原則としている点は見逃せない。だからこそ、そこから外れてしまう秋篠宮や悠仁親王の地位が、ひどく曖昧なものになってしまうのだ。
「麻生氏の野望」優先でなされなかった議論
上皇が天皇を退位したとき、皇室典範は改正されず、特例法で処理された。そのため、皇室典範には退位の規定がない。したがって、秋篠宮に天皇に即位する意思がなくても、次に天皇に即位せざるを得ない。
つまり、悠仁親王が晴れて皇太子となれるのは、そのときまで待たなければならない。
本来なら、今回の皇室典範改正において、秋篠宮なり、悠仁親王なりが皇太子になれるよう規定を改めるべきだった。それが、悠仁親王までの皇位継承を揺るがせにしてはならないという立場をとる保守派の考えに沿うものだったはずである。
ところが、である。皮肉なことに、自らの親族を将来において天皇に即位させようという麻生氏の野望が最優先されてしまい、旧宮家からの養子案が採用された結果、皇嗣家という立場を是正する処置はまったくとられなかった。主な議論にさえのぼらなかった。
それは逆に、今回の皇室典範改正の目的が、皇族数の確保でも、皇位継承の安定化をめざすものでないことを「暴露」してしまっている。だからこそ、多くの国民の支持を得られていないのだ。毎日新聞(8月5日付)の世論調査では、今回の改正を「評価する」は19%にとどまった。
「直系の長子」である唯一の存在
重要なのは、何事においても、「直系の長子が継ぐこと」がもっとも納得される形であることだ。もちろん、戦後の社会においては、財産などについては、兄弟姉妹の間では「均分相続」するよう定められている。
ただ、家やその家特有の仕事を受け継ぐ、あるいは墓を受け継ぐという場合に、まずは長子がその役割を引き受けることが暗黙の原則になっている。長子にも、その自覚は自然と芽生えていく。
それも日本社会では、子どもを育てていく際に、最初に生まれた子どもには、「あなたはお兄さんなのだから、あなたはお姉さんなのだから、しっかりしないとダメなのよ」とたいてい教え込まれるからである。そこに、兄弟や姉妹の間での意識の違いが生まれる。長子は長子らしく育ち、下の子どもたちとは姿勢や心持ちが変わるのだ。
最近では一人っ子も増えてはいるが、次に弟や妹が生まれないことがはっきりするまで、親はその子どもを長子として育てる。その結果、一人っ子にも長子の意識は育まれる。
愛子内親王の場合は、まさにそれである。
愛子内親王の父である現在の天皇は、弟と妹のいる長子であり、雅子皇后も双子の妹のいる長子である。両親が長子である影響は大きい。子どもは親を模範として育っていくわけで、愛子内親王は一人っ子でありながら、長子らしさを十分に身につけてきた。
揺るがなかった皇室典範の大原則
だからこそ、今や天皇家の中心として毅然とした態度がとれるわけである。それはおのずと、国民のあいだに、「愛子内親王に天皇に即位してほしい」という思いを抱かせることになる。私の周囲でも、「なんで愛子さまが天皇に即位できないのか」と、それを疑問に感じるという声を上げる人が少なくない。
直系の長子を優先する考えは、兄弟姉妹の違いをあまり強調しないヨーロッパの社会にもある。だからこそ、ヨーロッパの各国の王室では、男系を優先するのではなく、男女を問わず長子を優先する方向に憲法が改正されてきたわけである。そちらのほうが、それぞれの国の国民の支持を、はるかに得られるのである。
改めて考えてみよう。今回の皇室典範の改正で、秋篠宮家の曖昧な立場が少しも是正されなかったということは、直系の長子を優先するという大原則にいささかの変化も生まれなかったことを意味する。
大原則はまったく揺るがなかったのだ。それほど、この大原則は重みを持ち、不動のものなのである。
悠仁さまが愛子さまと比較されるワケ
保守派は、「愛子天皇」待望論は、たんに愛子内親王に対する人気によるもので、一過性のものにすぎないと主張する。
しかし、その人気といわれるものの背景には、直系長子での継承という大原則の力が働いている。国民が強く感じているのは、天皇の直系であり、しかも長子である愛子内親王が次の天皇になることこそあるべき姿だ、ということだ。
この大原則があるからこそ、秋篠宮は自らが天皇に即位することに消極的なのである。しかも、秋篠宮には、秋篠宮家を残したいという思いがある。それは間接的な形ではあるものの、自分の息子である悠仁親王よりも、愛子内親王のほうが未来の天皇になるべきだという思いを表明したことになる。
悠仁親王ともなれば、天皇は伯父であって父親よりはるかに遠い存在である。しかも彼は長子でもない。長子として、周りを引っ張っていこうという意識が生まれにくい環境で育っている。
国民が、悠仁親王を愛子内親王と比較して考えてしまうのも、それがあるからである。
まして旧宮家から養子に入った人間の男子となれば、皇室典範の第2条のなかには含まれてさえいない。「皇兄弟及びその子孫」の後は、「皇伯叔父及びその子孫」だけなのである。
“例外中の例外”を根拠にする思惑
ただ、第2条には第2項があり、「前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える」と規定されており、それが養子の子どもに皇位継承の資格を与える根拠となっている。
しかしそれはあくまで、例外中の例外である。
仮に麻生氏の妹である三笠宮寬仁親王妃家の信子妃のところに旧宮家から養子が入り、その子どもとなれば、現在の天皇とは8親等も離れている。信子妃の娘である彬子女王のところに養子が入ったとしたら、その子は9親等離れている。
民法では、6親等までが血族で、そこまでが親族とされている。8親等や9親等では親族でさえない。ほぼ他人である。そんな立場にある人物が、皇族としての自覚を持ち、将来天皇に即位する覚悟を持つことなどできるはずもない。まして、その父親は養子に入るまで一般国民であったのだから。
「愛子天皇」誕生への道
今回の皇室典範の改正では、よく考えてみれば実現性がほとんどない養子案が採用されたものの、「直系の長子が継ぐ」という大原則は少しも揺るがなかった。
麻生氏が、いくら策を弄しても、大原則を突き崩すことはできず、かえってその盤石さを際立たせることになったのだ。
大原則が揺るがない限り、愛子内親王が天皇に即位すべきだという「愛子天皇」待望論が鎮まることはない。
実際、女性天皇や女系天皇を容認する声は、皇室典範改正以前より、高まっている。
皇室典範の第1条では、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定められ、女性は排除されている。
逆に言えば、この第1条さえ次の機会に改正すれば、「愛子天皇」が誕生するのである。