「生前退位」で明るみに出た政権の意向
国民が、国会で進められてきた議論に違和感を持つのも、そうしたことが関係しているはずである。またそこに、国民は不安を感じていることだろう。
戦後は「開かれた皇室」がスローガンとなり、天皇や皇族は、国民に対して開かれた皇室を作り上げることに邁進してきた。だからこそ、皇室は国民に支持されているわけである。
ところが、保守派の政治家や論客は、その面を完全に無視し、血による継承だけを問題にしている。
実は、それが明るみに出たことがあった。それは、現在の上皇が生前退位の意向を示した2016年のときである。
皇室典範では、天皇は終身とされ、退位の規定は存在しない。また、憲法では、第4条で、「国政に関する権能を有しない」と規定されており、天皇が自ら退位を希望することは、国政を動かすものとして、あってはならないこととも考えられていた。
それでも、国民は退位を支持し、それは実現された。ただ、その際に皇室典範は改正されず、退位の規定は設けられなかった。一代限りの特例法で処理された。それも、当時政権を担っていた安倍晋三首相が、退位の制度化を嫌ったからである。
しかも、安倍首相は、上皇が退位の希望を持っていることを知りながら、それを無視し続けた。上皇が、ある意味非常手段としてビデオメッセージを発したため、やむを得ず退位を認めたのである。
“何もしない”天皇を望む保守派の論理
退位をめぐる動きが続くなかで、保守派の政治家や論客は、退位に強く反対した。高齢で公務に支障をきたすのであれば、それを代行する「摂政」をおけばいいという主張である。
上皇は、摂政をおくことに断固反対した。
一つには、父である昭和天皇が、大正天皇の摂政として苦労した経験があるのを知っていたからである。
だが、より重要なのは、天皇には象徴として重要な役割があり、健康を損なって、それを十分に果たせなくなることは、日本の国の活力を失わせることになるという危機感があったことである。そうした上皇の考えは、ビデオメッセージで示された。
ところが、保守派は、上皇とはまったく考えが異なった。たとえば、保守派の論客の一人である小堀桂一郎東大名誉教授は、「天皇は居てくださるだけでよい」と主張した。高齢で公務ができないのであれば、宮中で静かに祈っていればいいというのである。
こうした主張は、上皇をいたく落胆させたようだが、保守派は、天皇や皇族がむしろ「何もしない」ことを願っているのである。そこからすれば、上皇が天皇に在位している間に考え続けた「象徴としての在り方」などどうでもいいことになってしまう。
ではなぜ、保守派は、天皇や皇族が何もしないことを望むのだろうか。