シールを探し回るくらいなら「フリマサイトで買う」
生活の無駄を取り除く小和田さんの一貫した行動に、一見すると矛盾に思える部分があるのも面白い。無駄の極致とも思われがちなはやり物も、子供の学校生活における立ち位置に必要だと感じれば、惜しみなく買うのだ。ときに定価以上の費用をかけて購入することもあるという。
「子供が通う学校ではシール帳が流行していて、シール交換を楽しんでいるようです。近年、シールが品薄になっていて、フリーマーケットサイトに転売する人が後を絶ちません。だいたい500円くらいのシールを1000円で売っているのですが、この程度なら迷わず買います。それは、差額のためにいろいろなお店を探し回る労力のほうが高く付くと考えるからです」
意外な一面を見せたシールの件からもわかるように、あくまで小和田さんの行動指針は子供中心。子供が興を惹かれるものを制限したことはない。
上の子供は小学校低学年だが、バレエ、スイミング、ピアノに通わせている。毎月の月謝は3万円ほどだ。このほか、子供が「読みたい」といえば絵本は惜しみなく買い与え、自宅には絵本がたくさん並んでいる。「読みたい本があったら、大人は基本的に図書館で借ります。株式投資を勉強するときの基本書も、私は手元に残しませんでした」と苦笑いした。
家族に向き合う時間が増えて楽しい
小和田さんの生活は、消費欲や購買欲を刺激するこの社会では奇異に映るかもしれない。事実、筆者も思わず「その生活って、楽しいですか」と礼節を欠いた質問を投げかけた。彼女はそんな筆者に対して腹を立てるでもなく、「もうこの生活が日常になっているので、節約を楽しい楽しくないで考えたことはないのですが」と前置きしたあと、こう答えた。
「理由を上手に言語化できないのですが、自分に物欲がなくなっていくにしたがって、家族と向き合って過ごせる時間が増えているような気がします。その時間は楽しいです」
大切なことはおそらく、支出の無駄を無理に洗い出すことでも、巨額の資産を築くことでもない。誰しも時間は有限なのだ。大切な存在とよい時間を過ごすために、自分たちに必要なことと不要なことを選別し、指針を持って生活を舵取りしていくことなのではないか。
可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。