「語り」なのに「神の力」を持つ
そもそも、朝ドラにおいてナレーションのキャラ化がNGなわけではない。
「ばけばけ」でも、阿佐ヶ谷姉妹が小泉八雲の愛した「蛇と蛙」として語りを担当しつつ、そのキャラクターがCGで登場した。
ただ、今回の研ナオコと違うのは、阿佐ヶ谷姉妹本体はドラマに出てこないこと、語りの内容が“物語の補足”に徹していて、真風のように物語の展開をコントロールする神のような立場ではなかった点だ。
極端な例では、2013年の朝ドラ「ごちそうさん」で杏が演じるヒロインの祖母(吉行和子)の魂が漬物の”ぬか床”に宿っているという設定で、ぬか床が語るというトンデモ設定もあったが、そのぬか床も物語の展開を左右したりはしなかった。
ただ、「風、薫る」における研ナオコは、「風」というメインテーマの象徴であり、ここまで重要なポジションに置かれているからには、制作サイドとしても譲れないポイントであるのだろう。それは受け入れるしかないのかもしれない。
そしてダメ押しの「ザ・たっち」
しかし、それを上回る違和感を抱かせたのは、りんが嫁いだ運送業の会社・奥田屋でのサプライズ。商売仲間として登場した芸人コンビ「ザ・たっち」だ。
双子の兄かずやが松永屋で、弟たくやが柴田屋。突然、祝言の場で「(兄弟の)どっちか分かるか?」という余興を披露して登場し、りんに兄か弟か間違えられる場面もあった(そこで、りんは謝っていたが、謝る必要はないのでは? と思った)。
いわゆる盛り上げ役、ゲストのような出演で、「ザ・たっち」が舞台となる栃木県の出身ということがキャスティングの理由だったようだ。
しかし、ナチュラルな栃木弁を話す点が買われたのなら、なにも彼らの持ち芸をそのまんま劇中に持ち込む必要はなかったのではないか。
違和感を発し続ける研ナオコに、ダメ押しの「ザ・たっち」。
つまり、「風、薫る」は序盤で笑いを振りまいて視聴者の心をつかもうとしているのだが、残念ながらスベってしまっている。そういう現状に見える。