ヒロインのモデルになった出版社社長
再放送中の朝ドラ「とと姉ちゃん」が終盤を迎えている。雑誌『暮しの手帖』創刊者の大橋鎭子(1920年3月10日〜2013年3月23日)の人生をモデルに描いた同作は、高畑充希、相楽樹、杉咲花が演じる三姉妹の絆と自立を軸に描かれた物語となっている。
ドラマではヒロイン・常子が口グセの「どうしたもんじゃろのぉ」を言うと、誰かが助けてくれる展開が多いが、実際の大橋鎭子は「お節介」を自認し、人と人とのつながりを大事にする人だったようだ。史実から大橋鎭子の人生を振り返ってみたい。
大橋鎭子は1920年3月10日、父・武雄と母・久子夫婦の長女として東京・麹町に生まれる。自伝『「暮しの手帖」とわたし』(暮しの手帖社)によると、父が北海道の工場長になったことから、1歳で北海道に移住。北海道では豊かな自然の中、近所の子ども達の「ガキ大将」としてのびのび過ごしていたが、次女・晴子、三女・芳子が生まれた後に武雄が肺結核を患ったことで、東京に戻ることに。武雄は仕事をやめ、一家は武雄の祖母の家で暮らし始める。
西島秀俊が演じた父親を小5で亡くす
貧しい暮らしの中でも母は美術学校で手編みのセーターやビーズの刺繍の服を娘達にこしらえ、三姉妹は「母に守られて、まるで王女様のような思いを味わいながら」(『暮しの手帖別冊 しずこさん「暮しの手帖」を創った大橋鎭子』暮しの手帖社)幸せに過ごしていた。しかし、そんな日々は父の死で終わる。鎭子が小学5年生の時、父は鎭子を枕元に呼び、こう告げた。
「お父さんは、みんなが大きくなるまで、生きていたかった。でもそれがダメになってしまった。鎭子は一番大きいのだから、お母さんを助けて、晴子と芳子の面倒をみてあげなさい」
それが父親代わりを務める「とと姉ちゃん」の由来であり、鎭子の人生の指針となる。このいきさつはドラマでも描かれた。
小学校卒業後、鎭子は東京府立第六高等女学校に進学。ドラマではヒロイン・常子(高畑充希)が家族のために練り歯磨きを手作りするエピソードが登場するが、これは史実通り。鎭子が歯の悪い母のために歯医者に聞いて練り歯磨きを作ると、それが友達と父母の間で評判となり、一家総出で練り歯磨き「オーシー(大橋・鎭子)歯磨き」作りに邁進する。だが、支援してくれる予定だった同級生一家にトラブルが生じ、販売は中止になり、貧乏暮らしは続く。