母親や妹を養うため、キャリアを模索

鎭子は女学校を卒業すると、家計を支えるため日本興業銀行に入行する。当時は、女学校卒業後は嫁ぐのが当たり前だった時代だ。しかし、興銀では調査月報の編集を任され、その経験が後に編集者として大いに生かされることとなる。

その一方で、学びたい意欲に取りつかれた鎭子は興銀を3年で辞め、日本女子大学に進学。ところが、体調を崩し、11月に退学する。それでも鎭子はあきらめなかった。