3月30日に始まった朝ドラ「風、薫る」(NHK)に賛否の声が上がっている。エンタメに詳しいライターの村瀬まりもさんは「開始早々、脱落者が相次いでいる。『あまちゃん』、『虎に翼』、歴代の人気作を振り返ると、その要因が見えてくる」という――。

愛された「ばけばけ」の後に…

世帯視聴率15%前後をキープする朝ドラことNHK連続テレビ小説は、もはやテレビ界のインフラ。半年ごとに始まる新作のクオリティは、全国で1500万人を超える視聴者の1日のメンタルを左右するといっても過言ではない。

2026年3月末まで放送された「ばけばけ」は、視聴率では大ヒットとはいえなかったが、朝ドラファンにはたいへん好評だった。

明治時代、日本に帰化した文学者・小泉八雲とその妻セツをモデルにした家族の物語。ヒロイン・トキ役の髙石あかりと夫ヘブン役のトミー・バストウの組み合わせは新鮮で、他にもトキの実親を演じた北川景子や堤真一、養父母役の岡部たかしと池脇千鶴、映画『国宝』の吉沢亮らのキャストが人気を集めた。

さらに、映像のややダークでリアルな質感から、ユーモアのある会話劇、夫婦ユニット・ハンバート ハンバートによる主題歌など、パッケージ感も作り込まれ、完成度が高く、今年のドラマ各賞にも確実にノミネートされると思われる。

ヒロインの設定が丸かぶり

その後に始まった「風、薫る」は、最初から“分が悪かった”と言える。

2作続いたのは偶然だと思うが、物語の舞台は「ばけばけ」と同じ明治時代。見上愛みかみ あいが演じるヒロインのひとり、一ノ瀬りんはトキと同じ“没落した家老の娘”であり、頼りにしていた実父を亡くし、最初の結婚にも失敗してしまって貧困状態になる……と設定が丸かぶりで、既視感が強い。

WOWOWドラマ「ゲームの名は誘拐」の完成披露試写会に登壇した見上愛(「風、薫る」の一ノ瀬りん役)、東京都江東区、2024年5月28日
写真=時事通信フォト
WOWOWドラマ「ゲームの名は誘拐」の完成披露試写会に登壇した見上愛(「風、薫る」の一ノ瀬りん役)、東京都江東区、2024年5月28日

しかし、物語が進むスピード感はまったく違う。

「ばけばけ」のトキの場合、最初の結婚が破綻するまで1カ月をかけて描かれた。一方「風、薫る」には上坂樹里こうさかじゅりが演じる孤児・大家直美というもうひとりのヒロインがいるためか、りんの物語は“超高速”で進んでいる。

第1週で北村一輝が演じる(珍しく善人の)父親が病死してしまったと思ったら、早くも第2週の火曜で結婚、出産、そして、翌日、水曜には離縁を決意し栃木から東京へ。そこで、生まれ育ちの異なる直美と出会ったというのが、これまでの展開だ。

「風、薫る」への不満が投稿される

そんな怒濤どとうの展開についていけない人が多いからか、Xなどでは「風、薫る」への不満が少なからずポストされている。

「2人のヒロインの話が交互に展開するから、細切れで、感情移入できない」
「りんが姑やダンナに『学のある女はこれだから』と嫌味ばかり言われるのは、朝から見ていてしんどい」
「脚本にツッコミどころが多い。飛脚からの成り上がり、運送業で財を成した、りんの夫が『小包こづつみ』という漢字を読めないってどういうこと?」
「コレラの病状の描き方がきれいごとすぎた」
「りんが直美にいきなり幼児を預け、夜遅くまで帰って来なかったのに引いた」

といような感想もあり、「ばけばけ」ロスの影響もあって、いまだに「風、薫る」を心から楽しめない人も一定数いるようだ。

その中でも強い違和感が表明されているのが、唐突にファンタジックになり、またはコミカルになる描写についてだ。

研ナオコ演じる謎の占い師

ナレーションを担当するのは「歌手・俳優・コメディエンヌ」(『NHKドラマガイド 連続テレビ小説 風、薫る』)の研ナオコだが、語りだけでなく「謎の占い師・真風まじ」としてご本人も登場する。

路上に占いの卓を出す真風は、そこを通りかかった初対面であるはずの直美に「みなしごのお嬢さん」と呼びかけるなど、なにやら人知を超えた力を持っている様子だ。

しかも、この時代にロングの金髪でブルーのマニキュアをした長い爪。まるでアニメキャラのような外見だ。

そんなゴリゴリの違和感を研ナオコ(72)という“芸能界レジェンド”の存在感で押し通していくつもりらしい。

りんと直美は4月8日放送の第9話、東京の路上で出会ったのだが、そのときも真風が「こうしよう!」と言って突風を吹かせ、りんの幼い娘が持っていた風車かざぐるまを飛ばして直美の足下に落とし、2人がめぐり会うきっかけを作った。

続く第10話では、いまだに女性が嫁や母という立場に縛られている明治初期という時代が描かれる中、真風が唐突に開放された女性たちが楽しそうに舞い踊る未来のビジョンを見せ「あ~、ちょっと早かったかぁ」とのたまった。ジャンルは違うが、中世のヨーロッパなのに現在の渋谷のダンスシーンを挿入したアニメ映画『果てしなきスカーレット』を連想した。

「語り」なのに「神の力」を持つ

そもそも、朝ドラにおいてナレーションのキャラ化がNGなわけではない。

「ばけばけ」でも、阿佐ヶ谷姉妹が小泉八雲の愛した「蛇と蛙」として語りを担当しつつ、そのキャラクターがCGで登場した。

ただ、今回の研ナオコと違うのは、阿佐ヶ谷姉妹本体はドラマに出てこないこと、語りの内容が“物語の補足”に徹していて、真風のように物語の展開をコントロールする神のような立場ではなかった点だ。

極端な例では、2013年の朝ドラ「ごちそうさん」で杏が演じるヒロインの祖母(吉行和子)の魂が漬物の”ぬか床”に宿っているという設定で、ぬか床が語るというトンデモ設定もあったが、そのぬか床も物語の展開を左右したりはしなかった。

ただ、「風、薫る」における研ナオコは、「風」というメインテーマの象徴であり、ここまで重要なポジションに置かれているからには、制作サイドとしても譲れないポイントであるのだろう。それは受け入れるしかないのかもしれない。

そしてダメ押しの「ザ・たっち」

しかし、それを上回る違和感を抱かせたのは、りんが嫁いだ運送業の会社・奥田屋でのサプライズ。商売仲間として登場した芸人コンビ「ザ・たっち」だ。

双子の兄かずやが松永屋で、弟たくやが柴田屋。突然、祝言の場で「(兄弟の)どっちか分かるか?」という余興を披露して登場し、りんに兄か弟か間違えられる場面もあった(そこで、りんは謝っていたが、謝る必要はないのでは? と思った)。

いわゆる盛り上げ役、ゲストのような出演で、「ザ・たっち」が舞台となる栃木県の出身ということがキャスティングの理由だったようだ。

しかし、ナチュラルな栃木弁を話す点が買われたのなら、なにも彼らの持ち芸をそのまんま劇中に持ち込む必要はなかったのではないか。

違和感を発し続ける研ナオコに、ダメ押しの「ザ・たっち」。

つまり、「風、薫る」は序盤で笑いを振りまいて視聴者の心をつかもうとしているのだが、残念ながらスベってしまっている。そういう現状に見える。

必要なのは脚本家独自の世界観

半年間、月曜から金曜まで展開する朝ドラには、視聴者をその世界観に引き込んで魅了する「作家性」が必要だ。

2012~13年に宮藤官九郎が「あまちゃん」で個性強めのキャラクターたちをわちゃわちゃさせてお茶の間を笑わせ、朝ドラ人気が復活したように、クドカンワールドと呼ばれるような脚本家独自の世界観が、不可欠なのだ。

「ばけばけ」では日常的なコントが得意なふじきみつ彦が初の朝ドラながら、国際結婚した夫婦の家庭生活に笑いと涙がある様子をユーモアたっぷりに描き出した。

「ブギウギ」の足立紳、「虎に翼」の吉田恵里香なども作家性を打ち出した成功例と言えるだろう。

はたして「風、薫る」の吉澤智子にその実力はあるのか。

吉澤は2023年のドラマ「幸運なひと」(NHK)で、夫をがんで亡くした体験を基にオリジナルドラマを書き、第61回ギャラクシー賞(2023年度)において、テレビ部門の奨励賞を受賞している。夫が死去する直前に息子も出産し、これまで育ててきたという。

そんな経験がシングルマザーであるりんの描き方に反映されていくとしたら、今後、より真に迫ったドラマになっていくかもしれない。

りんが幼い娘のお迎えに遅れたワケ

たとえば4月10日放送の第10話。

りんが3歳の娘を直美に強引に預かってもらい、職探しに出掛けたものの見つからず、呆然としてその場で出会った紳士と話し込んで“お迎え”が遅くなるという展開が物議をかもした。

これも、一見、身勝手な母親のようだが、娘を養うために「なんとしても仕事を見つけなければ」と極度に追い詰められているシングルマザーゆえのミス、“やらかし”と思えば、理解できた。

第1話から出てきた「女の人生すごろく」をモチーフに、嫁に行くしか選択肢がなかったヒロインが看護婦として自立する道に進んでいく。

「桜井女学校の看護婦生徒とアグネス・ヴェッチ」の写真、前列右から2番目が大関和
「桜井女学校の看護婦生徒とアグネス・ヴェッチ」の写真、前列右から2番目が大関和(写真=佐波亘『植村正久と其の時代 第5巻』(1938年9月28日発行)より/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

そんな全体の構成はしっかりしていて、見上愛、上坂樹里の演技力も歴代ヒロインに比べて遜色ない。

今後、舞台が看護学校に移れば、生田絵梨花ら、新しいキャストも登場し、学園ものとしての楽しみも出てくる。

継続視聴から脱落するにはまだ早いと思うが、リアルな女性たちの生きざまをじっくりと堪能したいので、できれば「今後、研ナオコの登場は控えめにね」と願っている。