雑司ヶ谷の墓地に葬られた

かつて、そこの僧侶になりたい、と親しんだ瘤寺で葬儀は営まれました。焼香の間、セツは涙を止められませんでした。悲しみに暮れるセツに代わって葬儀をとりしきったのは、遠縁にあたる法学者の梅謙次郎(1860〜1910)でした。

墓は好んで散歩した雑司ケ谷の墓地に建てられ、庭から移したバラなどが植えられました。

小泉八雲之墓

と刻まれた簡素なたたずまいの墓です。セツの墓と隣り合い、歳月を重ねています。

八雲が49歳のときに生まれた三男・清 写真提供=小泉家(無断複製禁止)
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
八雲が49歳のときに生まれた三男・清、写真提供=小泉家(無断複製禁止)
第4子の寿々子 写真提供=小泉家(無断複製禁止)
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
第4子の寿々子、写真提供=小泉家(無断複製禁止)