長男と交わした不思議な会話

9月26日。

八雲は西洋でもない日本でもない、とても遠い所へ旅した夢を見ました。不思議な夢だったそうです。日本に来るまでに「ゴースト」という随筆を書いたことを八雲は思い返します。

そこには、生まれ故郷から漂泊の旅にでたことのないひとは、一生、ゴーストのことを知らずに過ごすけれど、漂泊の旅人はそれをじゅうぶんに知り尽くしている、とつづっていました。地球半周をめぐるゴーストと出会う旅の人生を、反芻はんすうしたような気がしたのでしょう。ひとり夢の余韻に浸っていました。

その朝、一雄に「グッドモーニング」と声をかけられ、「グッドモーニング」と返そうとしたら、この日はどうしたわけか「プレザント、ドリーム(おやすみなさい、よい夢を)」と言ってしまいます。一雄はけげんな顔をしながら、「ザ、セーム、トウ、ユー」と答えました。悲しいかな、もうかなり弱っていたのでしょう。

小泉八雲の妻セツと長男の一雄 写真提供=小泉家(無断複製禁止)
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
小泉八雲の妻セツと長男の一雄、写真提供=小泉家(無断複製禁止)
八雲とセツの次男で稲垣家を継いだ巌 写真提供=小泉家(無断複製禁止)
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
八雲とセツの次男で稲垣家を継いだ巌、写真提供=小泉家(無断複製禁止)

「あまりあっけない死に方」

午後には日露戦争に出征した教え子に書物を送ってあげたいが何がいいだろうか、と書斎の本棚をさがし、彼への手紙を書きました。夕食の時にはいつもより機嫌がよくて、冗談を言って大笑いもしていました。そして……

〈いつものように書斎の廊下を散歩していましたが、小一時間程して私の側に淋しそうな顔して参りまして、小さい声で「ママさん、先日の病気また帰りました」と申しました。私は一緒に参りました。しばらくの間、胸に手をあてて、室内を歩いていましたが、そっと寝床に休むように勧めまして、静かに横にならせました。間もなく、もうこの世の人ではありませんでした〉(『思ひ出の記』)

「パパァーッ、パパァーッ」

八雲の胸に取りすがり、セツは絶叫しました。

〈天命ならば致し方もありませんが、少しく長く看病をしたりして、いよいよ駄目とあきらめのつくまで、いてほしかったと思います。あまりあっけのない死に方だと今に思われます〉(同前)

机上には書きかけの原稿用紙が残されていて、そばに置いていたペン先のインクは、まだ乾いていませんでした。午後8時過ぎ心臓発作でした。54歳の、急な旅立ちとなりましたが、死に顔に微笑みを浮かべていたのが救いでした。