褒められても寂しいのはなぜか
わたしには、褒められたのにまったく嬉しくなかった経験があります。
若手時代、休日返上で資料を作ったことがありました。取引先の歴史や社長のインタビュー記事なども読み込んで、相手に届くように工夫した渾身の資料でした。
上司からの言葉は、「昨日の資料、よかったよ、おつかれ」でした。褒められているのに、なぜか寂しさを感じたのを覚えています。
今考えると、褒められたんだからいいじゃないか、という気もしますが、当時は「もっと関心を持って見てほしかった」と感じました。ただ評価されたいのではなく、「どうしてそんな工夫をしたのか」「何を考えて取り組んでいたのか」といった背景に目を向けてほしかったのです。欲しがりすぎですね。
そこに「関心」があるかないかで、残念な褒め言葉になるか、心に届く褒め言葉になるかの違いが生まれます。
「関心」と「観察」で見えてくる褒めポイント
次に、「観察」について考えてみましょう。AとBの褒め言葉、どちらが言われて嬉しいでしょうか?
A「ノルマ達成、すごい!」
B「顧客情報を念入りに調べて営業したから成果が出たね。すごい!」
A「社長賞受賞、かっこいいね」
B「家事も育児もこなしながら、仕事でも結果出すの、かっこいいね」
多くの人が、Bのほうが心に響くと感じるのではないでしょうか。それは、より具体的に褒めているということもありますが、相手の行動の背景に対する「観察」があるからです。
「観察」とは、目の前に見えている成果や結果だけでなく、その奥にある過程や意図にも光を当てることです。
たとえば、「仕事が遅い人」をよく観察してみると、ミスを減らすために細部まで丁寧に確認しているのかもしれません。プロジェクトが時間通りに進んだとき、それは綿密な準備の賜物かもしれません。
このように、「関心」と「観察」を持つことではじめて見えてくる「褒めポイント」があります。
また、言葉は単なる結果への称賛ではなく、その人の努力や工夫といった過程に向かいます。それが「しっかり自分を見てくれている」という感覚につながり、深い褒め言葉になるのです。
これは特別な能力を持っていないとできないことではありません。普段から意識し続けることで、前節で触れた「褒メガネ」は自然と手に入るのです。
引きこもりを経験し、高校を中退後アメリカに留学。大学でマーケティングとエンターテインメントを学び卒業。帰国後、国内最大手のマーケティング会社に入社。現在はジェネラルマネージャー。部長を束ねる統括ディレクターも兼ね、年間100近いプロジェクトをメンバーに依頼している。著書『任せるコツ 自分も相手もラクになる正しい“丸投げ”』(すばる舎)はベストセラーに