初めての「官能訓練」では惨敗
「色にたとえれば、原酒はさまざまな黄色や青色。それを混ぜ合わせて緑、つまり完成品にするのですが、黄色や青が多種多彩であればあるほど、思い通りの緑がつくれます。だから、少しでも原酒の違いを見極めるために、テイスティングをくり返す。プールに1滴ずつ水を垂らし、その違いを感知するようなレベルです」
数字にすれば、誤差とも思える100万分の1%の違いに気づける力が求められている、とでも言うべきか。しかも、鼻と舌でそれを判断しなければならない。
「1滴足すだけで、味が確実に変わります。後味の余韻が長くなるのです。だから、いったん味が決まっても、“もう1滴”を探してしまう」
だから、攻めるんです。輿石さんはそう言って微笑んだ。
サントリーに入社し、ウイスキーづくりに携わって43年、ブレンダーになって26年。2010年からは主席ブレンダーとして「山崎50年」「山崎55年」「白州18年」「白州25年」「響12年」「響40年」などの製品に携わり、プレミアムハイボール缶の開発も担当した。経歴を見れば「生まれながらのブレンダー」に見える輿石さんだが、即座に否定された。
「まったく違います。ちっとも味覚は、敏感ではなかった。20代のとき、社内で『官能訓練』を受ける機会がありましたが、情けない結果でした」
それは、7段階で薄めた“異臭”の順番を当てる訓練だったという。カビや墨の臭いの希釈段階を嗅ぎわける。当てる人は、みごと当てる。でも、輿石さんはお手上げだったらしい。
「ダメでしたね。ひどいときには、まったく逆さに濃度をよんだりして。まさか今のような自分の未来があるなんて、思いもしませんでした」
ブレンド職人ただ1つの秘訣とは
ならばなぜ、輿石さんはここまでの能力を身に付けることができたのか。
「数です、数。テイスティングは『数をこなすこと』に尽きます。違いがわからなければ、わかるまでやるしかない」
輿石さんは、さらに続けた。
「ウイスキーだけではなく、他のお酒も試します。ブレンダーとして酒の個性を見抜くには、何よりもその“数”が必要なんです」
そしてウイスキーには、高品質な原酒の「つくり込み」と、多彩な原酒の「つくり分け」が求められるという。原酒の質が高く、多彩であれば、幅広いブレンドが可能になるからだ。だが、原酒は樽の中で日々、熟成していく。しかも前述の通り、それは160万樽にも及ぶ。だから原酒の「評価」は、経験がモノを言う。
「3年では足りません。少なくとも、5年くらいかけないと、評価はできません。後輩のブレンダーたちには『あせらず、辛抱強くやろうね』と言っています」
しかも、貯蔵庫のどの場所に置かれるかによっても、まったく違う原酒になるという。環境が変われば、熟成速度も変わっていく。その年ごとの気候にも大きく左右される。まるで原酒は、生き物だ。
「そうなんです。どの樽に入れたかによっても、違いが生まれます。新しい樽か、古い樽か。新樽だと、木の成分が出やすいので熟成が速いんですが、古樽になるとゆっくり熟成する。熟成が速くて渋みが出ると、使いにくい原酒になる場合もある。ですから、樽の使い方とローテーションを間違えるわけにはいきません」