実家の商売を手伝いつつ、戯作執筆に励む

それにしても京伝の遊郭通いを堅実な父は反対しなかったのでしょうか。それが父・伝左衛門は反対しなかったようなのです。伝左衛門は温和な性格であり、子供にも甘く、息子・京伝の廓通いに干渉しなかったのでした。「39歳に至るまで京伝は米穀の値を知らず」という話が伝わっているように(京伝の家は商家であるので本当はそのようなことはないでしょうが)、京伝の両親が息子を好きなようにさせていたことをうかがわせます。

京伝は家にいる時はその2階に引きこもって創作に励んでいました。実家の店の経営は父が差配し、息子は煙草入れや煙管のデザインを工夫するのみだったと言います。父が長く家主の立場にあり、店の経営が安定していたこともあり、京伝は生活のためにあくせく働く必要がなかったのです。よって京伝は父が生きている間は、創作に注力することができたのです。