没落士族の娘で、庶民の気持ちが分かっていた

このやり取りは、二人の互いの思いやりの気持ちをよく表しており、とても感動的です。セツは武士階級から一転して一庶民の身分となった女性でした。それゆえ、庶民の心をよく理解していました。八雲の創作には、高度な文学的知識ではなく、このセツの庶民性を必要としていたのです。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と妻セツ、1892年
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と妻セツ、1892年(撮影=富重利平)(写真=PD US/Wikimedia Commons

八雲の取り上げる文学的主題は、『怪談』もそうですが、名もなき庶民の哀歓、悲しみや喜びの声といったものでした。八雲は自分の文学世界は、「『八百屋、飴屋、僧侶、神主、占師、巡礼、農夫、漁師』たちの世界である」とセツに語っていました。そして、自分の文学世界は、インテリや大学教師たちが住む世界ではない、と主張していました。