「なんで行かないの?」が子どもを追い詰める
無理や疲労の蓄積の結果、不登校になった子にまず必要なのは、何といっても休むことです。そしてそれは、親が味方である状況で休むことです。「なんで行かないの?」と思っているなど、親が味方でないと、家は強制収容所になってしまい、休むことはできません。学校を長期に休んでいるのに、心としては全然休めてない、ということになります。
親が味方となり、家が安心できる場になると、子どもはやっと休めるようになります。休むことでエネルギーの充電も始まります。しっかりとした充電が始まると、急速充電のように元気になる子もいます。ですが現実の多くの例では、親が味方でなくなってしまうので、充電していても充電電流は微弱であり、逆に放電電流の方がはるかに大きいので、長期に休んでも充電は進まず、なかなか元気が出て来ないことになります。
しっかり休める路線に入ると、12時間以上眠るような時期がしばらく続く子も少なくありません。親が不登校を責める雰囲気がなくなると、昼夜逆転は起きにくいです。不登校を責める雰囲気があると、子どもにとって朝の時間は「針のむしろ」であり地獄の時間です。そんな時間に起きられるわけはありません。家で常にプレッシャーを感じ、親に気を遣い、それに消耗している子は結構多いです。家にパワハラ上司がいるような状況では、休む効果はいつまで待っても出て来ないことになります。
集団として扱いやすい子を求める学校
教室に入れない子のために、多くの学校が別室を用意しています。別室登校なら行ける子もいますが、嫌がる子も多いです。理由を尋ねると、「別室へ行っても自習をするだけ。こんな所に居てはいけないという雰囲気がある。先生たちも、そろそろ自分の教室に行ってみようと言い始める。それが苦しい」と語る子が多くいます。ウェルカムな雰囲気で楽しい別室があると良いのですが、それは無理な注文でしょうか。
学校については、今の学校自体の問題もあると思います。子どもたちはいわゆる同調圧力を強く感じており、学校では「みんなと一緒に振る舞うように、みんなから外れないように」必死であることが伝わってきます。教員も忙し過ぎて、子どもの個性や多様性を尊重する余裕がありません。そのため、教師の指示に従って同じ行動をする、集団として扱いやすい子であることを求めてしまいます。みんなと同じ行動ができることを求め、教育の多様性のないことが、不登校と密接に関係していると感じます。


