日本経済新聞社の記者として40年以上にわたり市場を見つめ分析し続けてきた“マエダ先生”こと前田昌孝さんが、投資の基本から最新の市場動向まで平易に解き明かします。ビジネスや投資に生かせる「本質を見抜く眼」を養いましょう。連載第1回は「相場格言の正体」に迫ります。
「5月に売り、10月に買え」は投資の常識か? 歴史が示す格言の正体
株式市場にはさまざまな相場格言があるが「5月に売って去れ」(セルインメイ・アンド・ゴーアウェイ)というウォール街の格言はその代表的なものである。必ずしも毎年というわけではないが、5月になって株式相場が崩れ始めると多くの市場関係者がこの相場格言を口にする。
この相場格言は「株式はハロウィーンに買え」というもう一つの格言とセットになっている。有効性を2つの角度から確認してみたい。まず4月末に売って10月末に買い戻す投資が成功する確率を過去の値動きから探ってみる。次に1年のうち4月末から10月末まで投資し、あとは休むことを長期的に繰り返した場合と、10月末から4月末まで投資し、あとは休むことを長期的に繰り返した場合の資産の増え方の違いを点検する。
ウォール街の格言なので過去のダウ工業株30種平均を使って検証してみよう。手元には1885年以来の141年にも及ぶダウ平均のデータがある。4月末に売却し、10月末に買い戻した場合に、格言通りにダウ平均が下落し、損失が防げたのは56回だった。この間にダウ平均が上昇し、「4月末に売らなければよかった」回数は85回だから、確率的には売却がお得とは限らない。
ただ、逆に10月末に売却し、4月末に買い戻した場合、この間にダウ平均が下落し、損失を回避できたのは46回、逆にダウ平均が上昇し、売らなければよかったのは95回だった。141年のうちの10回の差を大差とみるかどうかは別として、確率的には10月末に買って4月末に売ったほうが、その逆をするよりも分がよさそうではある。
「半年投資」を繰り返し……「元本5倍」と「元本300倍」の差が発生
では実際に半年投資して半年休むことを141年間繰り返した場合に、1885年に100だった元本は、2026年4月末現在でどれだけになっていただろうか。ダウ平均は配当を含まない株価指数だから、配当を除いたリターンを考えてみる。ちなみにダウ平均は1985年4月末の31ドル73セントから2026年4月末の4万9652ドル14セントまで1565倍になっている。
この結果、4月末から10月末まで投資し、あとは休むことを141年間繰り返した場合、最初の元本は5.17倍になった。ところが、10月末から4月末まで投資し、あとは休むことを141年間繰り返した場合には、元本が302.85倍にもなっていた。1年ごとのリターンは大小もあるし下がったケースもあるなどさまざまだが、一喜一憂せずに長期的に繰り返していれば、こんなに大きな差が出たのである。
大差が出る根拠はあるのか。日照時間との関係、機関投資家の決算期の影響などさまざまな説明が試みられているが、説得力がある解説に出合ったことはない。そもそももうけのチャンスがあれば、それをつぶすように価格が動くのが市場の基本原理だから、この時期の投資は必ず上がるとか下がるとかいう法則が生じるはずもない。
このように根拠のない経験則を、株式市場ではアノマリーと呼んでいる。日本の株式市場でも年末にかけて株価が上がるはずだという意味での「掉尾(とうび)の一振」や、2月から3月にかけて株価が下がりやすいことを示す「節分天井彼岸底」などの表現がある。
どこの宝くじ売り場で買おうが大当たりの当選確率は同じはずなのに、東京・有楽町の宝くじ売り場に例年、大行列ができるのと同じようなものだ。株式市場の不確実性や心理的なプレッシャーに直面する投資家は、縁起を担ぐことも含め、どんな手掛かりでも利用したくなるのだろう。
(文=前田昌孝)