花魁はアイドルでありスターだった
ところで、吉原にはもっとも多いときで約6000人もの女郎がいたというから、ガイドブックでもなければ歩き方もわからない。
『吉原細見』には、どんな見世(女郎屋)があり、そこにどんな女郎がいて、それぞれの揚げ代(遊ぶのにかかる費用)がいくらで、という情報がみな掲載され、かゆいところに手が届いていた。見世の格も、女郎の階級も、最新の情報が一目見てわかるように記号化されていた。
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