強めの要求も優しい印象に

万障ばんしょうお繰り合わせのうえ」

参加できるよう、都合をつけること
例文 ご多忙とは存じますが、万障お繰り合わせのうえ、お運びください。

トイレに「汚すな!」という貼り紙をすると、わざと汚そうとする厄介な人たちがいるそうです。高圧的・直接的に注意するよりも、「きれいにお使いいただき、ありがとうございます」といった貼り紙をしたほうが、効果的なのだといいます。

主張の内容自体はもっともであったとしても、言い方次第では反発を招きます。たとえば、重要な会議で、全員に集まってもらわなくてはならない場合でも、「絶対に来るように!」という言い方では、角が立ちかねません。しかし一方で、来てもらわなければ困るという趣旨も伝えなくてはなりません。

そんなときに使えるのが今回のフレーズです。

「万障」とは、よろずさわり。「障り」は、差し障り、障害のことですから、「万障」で「参加するにあたって差し障りとなるあらゆる事情」という意味です。それを「お繰り合わせ」するというのは、調整して都合をつけるということです。したがって、内容としては「どんなことがあっても、必ず都合をつけて参加せよ」ということで、かなり強めに要求していることになります。

ただ、「万障お繰り合わせのうえ」という言葉が、あまり日常的でない、格式ばった言葉である分、感情的な反発を招きにくいのです。

口頭では「お忙しいかと存じますが、ご調整を賜りますよう、どうかよろしくお願いいたします」のように案内したほうが伝わりやすいでしょう。

なお、誘われた側が「ぜひ行きます」「必ず参加します」ということを伝えるときによく使われるのが、「万難ばんなんを排してまいります」という言い方です。どんな困難も取り除いて必ず、という強い決意を表しています。

〈関連〉どうしても来てほしいことを伝えるときに添える語として、他に「是が非でも」「何とぞ」「雨が降ろうがやりが降ろうが」があります。

大人の謝罪では「ごめんなさい」を使わない

寛恕かんじょ

心が広く、過ちを許すこと
例文 不行き届きな点もあるかと存じますが、どうかご寛恕くださいませ。

謝るとき、小さな子どもは「ごめんなさい」と言います。

この言葉を漢字変換してみると、「御免なさい」です。「御免」+「なさい(~しなさって)」ですから、実は赦免しゃめん(=許すこと)を相手に要求している言葉なのです。「許してよ~」と言っているわけですから、あまり反省している感じがしません。そのため、大人の謝罪にはあまり使われないのです。

この「ごめんなさい」というフレーズをかたい言葉にあらためているのが、この「ご寛恕ください」です。寛大な相手の人柄を見込んで、寛容に、ゆるしてくれるよう頼んでいるのです。なお、「恕」は『論語』のキーワードの一つで、「思いやり」や「相手に同情する姿勢」を意味しています。

『[新版]大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)。12万部のベストセラー『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』を時代に合わせてアップデートし、より読みやすくなるよう再編集
『[新版]大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)。12万部のベストセラー『大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』を時代に合わせてアップデートし、より読みやすくなるよう再編集

したがって、相手の寛容さや思いやりに甘えようとしており、言っていることは結局、「ごめんなさい」と同じようなものなのですが、格式ばった表現である分、真摯に反省して詫びる態度をにじませることが可能です。会話でよく聞く「ご容赦ください」も同じ発想ですが、「ご寛恕ください」は、これを一段階あらたまった表現にした、書き言葉向きのフレーズであるといえるでしょう。

さらに一段階あらたまった表現で、口頭ではほぼ通じそうにないのが「ご海容かいようください」です。「海のように広い心でお許しください」と頼んでいるわけですね。相手の優しさを立ててから謝ることで、どうにか許してもらおうとしているのです。

また、和語の表現としては、見逃してもらうよう頼む「お目こぼしください」があります。

〈関連〉「許してほしい」という要素のない純粋な謝罪の言葉としては、「心よりお詫びいたします」「お詫びのしようもございません」などがあります。

このように丁寧な書き言葉は特にビジネスシーンなどで役立ちます。上手に使いこなすことができれば、語彙力のある知的な大人の印象を与えることができるでしょう。

吉田 裕子(よしだ・ゆうこ)
国語講師

東京大学教養学部・慶應義塾大学文学部卒業、放送大学大学院・京都芸術大学大学院修了。大学在学中から学習塾の教壇に立ち、卒業後も難関大学受験塾や私立高校で教える。現在は東進ハイスクールで大学受験指導を行うほか、企業の敬語・文章術・読解力の研修を行う。また、毎日文化センター・NHK学園などのカルチャースクール・公民館などで大人向けの古典入門講座やエッセイ教室などを担当し、10代から90代まで幅広い支持を得ている。NHK Eテレ「知恵泉」や日本テレビ系「月曜から夜ふかし」などのテレビ出演、音声配信Voicy「仕事と人生に効く!毎朝古典サプリ」の配信など、各種メディアでも国語について積極的に発信している。著書は『大人の言葉えらびが使える順でかんたんに身につく本』(かんき出版)のほか、『池上 彰 責任編集 明日の自信になる教養4 思いが伝わる語彙学』(KADOKAWA)など多数。