※本稿は、榎本博明『60歳の地図 「振り返り」が人生に贈り物をもたらす』(草思社)の一部を再編集したものです。
人は生涯にわたって発達していく
乳幼児から児童へ、さらに児童から青少年へと向かう年代が発達の著しい時期だというのは、身体的にも精神的にもだれの目にも明らかですが、大人になると発達が緩やかになり、やがて発達は止まり、老年期に近づく60代頃から衰退や喪失の時期になっていく。それが一般的な見方なのではないでしょうか。
ところが、心理学の世界では、人は生涯にわたって発達していくという見方に変わってきています。かつては発達心理学というと、乳児が幼児を経て児童に成長していくプロセスを探究する児童心理学や、認知能力の高まりとともに内面的世界が広がり理想の自分に向けて自己形成しながら大人へと成長していくプロセスを探究する青年心理学を意味していました。
でも、今では老年期の健康状態の悪化や各種能力の衰退だけに着目するのではなく、長年にわたる人生経験に基づく心の成熟に焦点を当て、人は生涯にわたって発達していくとみなす生涯発達心理学が台頭してきています。
また、各種能力の衰退に関しても、新たな見方が出てきており、それが高齢期を生きる人たちの気持ちを鼓舞しています。
高齢期に向かう年代の人たちに向けたセミナーの中で、体力の衰えに加えて知的能力の衰退に不安を持っている人がとても多いことを実感しました。実際、50代くらいから記憶力の衰えを感じている人は多いのではないでしょうか。でも、知的能力として大切なのは、何も記憶能力だけではありません。そこで、流動性知能と結晶性知能の話をしました。
その話に勇気づけられたという人が多かったので、まずはある50代の女性の簡単なレポートを紹介したいと思います。
50歳を過ぎてから体力の衰えを感じていたが…
50代女性 島田さん(仮名)
仕事をしているが、50歳を過ぎた頃から体力の衰えを感じ、仕事にもストレスを感じるようになった。もう能力的に限界なのだろうかと気弱になることもある。でも、結晶性知能の話を聞き、経験が生きるという意味での知能もあるんだと知り、なんだか元気が出てきて、まだまだ頑張れそうな気がしてきた。定年後も、それまでの経験を生かして、仕事、あるいはボランティアでもしていけたらと思う。やってみたい習い事もあるのだが、年を取ってからだとダメかなと諦めがちだったが、定年後に時間ができたら思い切ってチャレンジしてみたいと思うようになった。
では、結晶性知能とは、どのようなものでしょうか。その話に行く前に、知能のとらえ方が変わってきつつあることに目を向けてみたいと思います。