「医局」に代表される縦割り習慣の罪

さて、妊婦の渡航に関する安全性の検証研究や、「安全性を高めるための」研究、教科書的な記載やCDCのガイダンスなど、文献は多々存在し、妊婦の安全な旅行に寄与している。

なぜ、日本の産婦人科医はそういうデータや文献を参照しないのか。

それは、産婦人科医のほとんどがトラベル・メディスンという専門領域が存在することを知らなかったためではないか。

産婦人科医の無知を非難しているのではない。むしろ、われわれ日本のトラベル・メディスン専門家の、この問題に対するコミットメントが足りなかったのだと大いに反省している。

そういえば、日本の高名なトラベル・メディスンの教科書には「妊婦」の項目が乏しい。海外の教科書に比べるとほとんど記載がない。こうしたトラベル・メディスン教科書の著者はちゃんとした専門家だから、「気づかなかった」とは考えにくい。「マタ旅」が日本の産婦人科医から非難されている現状を鑑み、遠慮したのではないか。そんな気がしないでもない。

こうした他領域同士のクロストークがないこと、これも日本医療アルアルの問題点だ。

「医局」に代表される縦割りの習慣がここにある。妊婦のことは産婦人科の専権事項、外野は口を出すな、という雰囲気はなかったか。トラベル・メディスン専門家の過度な遠慮、忖度そんたくがそこにはなかったか。年頭に大いに考えてみたいものである。

岩田 健太郎(いわた・けんたろう)
神戸大学大学院医学研究科教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)、『コロナと生きる』『リスクを生きる』(共著/共に朝日新書)、『ワクチンを学び直す』(光文社新書)など多数。