明治以降の国民の病気を一身に背負う
漱石は「新しい日本語」をつくり上げ、明治を牽引してきた作家です。
明治の日本は、西洋の文明、文化の影響を受け、古いものを壊していき、新しいものをつくり上げるという作業を繰り返しました。それ自体が、日本人という民族にとって、非常にストレスだったわけです。
明治維新で西洋列強の植民地になることからは逃れられたものの、それでも、なんとかして西洋に追いつかなければならない。だから、古いものはどんどん捨て、近代化しなくてはならない。
そうやって日本の国民たちは、ものすごく無理をしてきました。その国民的ストレスを、近代文学の第一人者たる漱石は、個人のストレスのように引き受けてしまった。
国民の病気を一身に背負ったと言っていいかもしれません。巨大なストレスを背負い、闘い続けた漱石の作品は、仕事でつらい思いをしているビジネスパーソンにもぜひ読んでもらいたいと思います。
1957年東京都生まれ。中央大学文学部仏文科卒業。少年時代はプロ野球選手を目指していたが、中学1年生のとき、三島由紀夫の割腹自殺のニュースをきっかけに三島作品に触れ、文学に目覚める。大学在学中の1979年「意識の暗室 埴谷雄高と三島由紀夫」で第22回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞(村上春樹氏と同時受賞)以来、45年にわたって文芸評論に携わり、研究を続ける。1991年にドイツに留学。2012年4月から2023年3月まで鎌倉文学館館長。現在、関東学院大学国際文化学部教授。著書に『使徒的人間 カール・バルト』(講談社文芸文庫)、『〈危機〉の正体』(佐藤優共著・講談社)、『川端康成 魔界の文学』(岩波書店)など。