早期学習も同じ
趣味として楽器を始めたときも、同じルールを設けた。
最初からよい楽器を買うのではなく、知り合いから譲ってもらったり、お手頃な練習用楽器を与えたりして、子ども自身がもっとよい楽器が欲しいと言ってくるまで待った。そうすれば、自分の楽器を大切にし、音楽を愛するようになるものだ。
このように、子どもが欲しいと言わないのに、親が出しゃばって先に買い与えることはなかった。食べ物であれおもちゃであれ、子どもは何の努力もなしに与えられたものには興味を示さない。あって当たり前としか思わないのだ。不足を感じ、それが満たされたとき、より大切に思うものだ。
早期学習についても、それと同じではないだろうか。
学校より先回りして知識を詰め込むのは、勉強への好奇心と意欲を削ぐだけだ。塾で難しい勉強をするより、学校の授業に集中させるほうがいい。自分よりできる子を見れば、自分に何が足りないかを考え、もっとできるようになりたいと思うものだ。
受け身で勉強するのではなく、主体的に取り組み、もっと知りたいことは何かを自分から考えさせることが重要だ。やみくもに塾に行かせなくても、子どもの心に学習意欲さえ生まれれば、自分から勉強するようになるのだ。
「何をしないでおくべきか」を考える
自分の子どもの1日の過ごし方を、一度じっくり観察してみよう。ひとときも休まずに、何かをしてはいないだろうか。おもちゃやゲームなど、遊ぶもので部屋があふれていると、子どもたちは暇になる時間がない。それは空白の時間がない、という意味だ。
最近の子どもの1日は、YouTube、ゲームアプリ、パソコン、塾や家庭教師などで大忙しだ。子どもには、空白の時間も必要なものだ。暇になれば、自分が何がしたいのかを考えたり、さまざまな想像をしたり、本を読んだりするようになる。暇をつぶすだけの人工的なおもちゃなどで囲まれていると、子どもの年齢で経験できるはずのことを逃してしまう。