最低賃金を上げればエッセンシャルワーカーも楽になるはず
現実的には、社会には単純作業を担う人も絶対に必要ですから、全員の職域を広げるのは難しいでしょう。とはいえ、最低賃金を上げさえすれば貧困層への転落は防げます。最低賃金の役割は、どんな職の人であってもちゃんと生活ができて、結婚し子どもを産み育てられるようにすること。できる限り早く、その役割を果たせる額まで引き上げるべきです。
賃金格差からくる少子高齢化の加速や将来的な生活保護費の増大は、日本社会の存続だけでなく日本経済の危機にもつながります。ひと昔前はそのことを指摘する私を講演に呼んで話を真剣に聞いてくれるのは労働組合などでしたが、近年は経済界も危機感を持ち始めているようで、財界団体や金融機関などから依頼が来るようになりました。
2024年4月には、関西経済同友会が所得・賃金の格差是正やパートで働く人の賃上げを提言しました。経団連が選択的夫婦別姓の実現を政府に提言したように、今後は格差問題に関する動きも加速していくのではと期待しています。
女性や労働者の格差を是正しなければ貧困層はさらに増える
かつては専業主婦が憧れだった時代もありました。高度経済成長期あたりまでは、専業主婦になれるのは高学歴・高収入の夫を持つ一部の女性だけだったからです。その当時につくられてしまった「専業主婦=憧れ」という発想は、その後に世の中が変わってもなかなか変わりませんでした。往々にして、人間の考え方というのは世の変化と同じスピードでは変わらないものです。
それでも今では、日本全体がかつての考え方から脱却し始めています。今後はこの脱却スピードをさらに上げていかなければなりません。
現代では専業主婦やパート主婦は非常にリスキーですし、非正規雇用者の問題は少子高齢化や生活保護費の増大に直結します。女性内部や労働者内部の格差を是正し、貧困層の拡大を防ぐ。それが日本を存続の危機から救うことにつながると思います。
取材・文=辻村洋子
1959年石川県生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。専門は社会学。著書に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)、『アンダークラス―新たな下層階級の出現』(ちくま新書)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出新書)、『中流崩壊』(朝日新書)、『アンダークラス2030』(毎日新聞出版)、『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)などがある。