2023年の出生数は約73万人で、20年前に比べ40万人も減った。社会学者の橋本健二さんは「少子化の背景には経済格差がある。女性の収入が低い問題が解決されず、さらに家計を支えてきた男性の非正規化も進み、未婚の男女が増えている。そんな現状で最低賃金を上げれば、子供を産み育てる余裕も生まれ、少子化対策になるはずだ」という――。
手をつないで公園を歩く家族
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「女性の貧困」は急速な少子化をもたらした要因のひとつ

前回の記事では、労働者階級の夫をもつ専業主婦とパート主婦は夫との離死別によって、貧困層の典型のひとつである「アンダークラス」に陥るリスクが極めて高いとお伝えしました。

私はこれを日本の存続の危機に直結する問題だと考えています。女性の貧困は、男女格差や女性差別をなくして困っている女性を救おうといった文脈で語られることが多いのですが、それだけではなく日本社会を救うために解決すべきなのです。

日本の状況はそれほどまでに切迫しています。ロストジェネレーションと言われる現在40代~50代前半の人は、生まれた時期が第2次ベビーブームとも重なっていることから、人数もかなり多い。この世代には社会に出た当初から非正規雇用・低賃金で働き続けている人が少なからずいて、中でも単身女性は「ロスジェネ女性」と呼ばれ、その貧困リスクが社会問題化しています。

ロスジェネ世代の非正規雇用者の中には、収入が低く雇用が不安定であるがゆえにそもそも結婚できなかった人もいれば、結婚はしても同じ理由から、あるいは仕事と子育てを両立できないからと子どもを持たなかった人もいます。

非正規ロスジェネ、夫と離死別した女性がアンダークラスへ

この世代の男女が正規雇用に移行でき、かつ仕事と子育てを無理なく両立できる環境がつくられていれば、今の日本にはもっと多くの子どもが生まれていたのではないかと思います。少子化がこれほどまで加速することもなかったでしょう。

また、もともとは正規雇用のカップルでも、平成の時代になっても高度経済成長期から変らず社会の仕組みが「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業を前提につくられていたため、女性の多くは結婚や出産を機に退職して専業主婦となりました。その後、子育てがひと段落してから再び働き始めた人も多いのですが、大半は低賃金の非正規雇用者、すなわちパート主婦になっています。

専業主婦もパート主婦も、夫と離死別すればたちまちロスジェネ女性と同じアンダークラスに転落しかねません。そう遠くない将来、この決して少なくない数の人たちが同時期に高齢者になります。年老いて働けなくなった後、多くの人が生活保護を受給するようになるだろうことは想像に難くありません。そうなれば日本の財政は生活保護費で破綻します。

「男は仕事、女は家庭」という役割分業を変えるべきだった

なぜこうなってしまったのか、一体誰が悪かったのか。原因のひとつは先ほどお話しした通り、日本社会の仕組みが性別役割分業を前提につくられていたことにあります。別の角度から見れば、古い仕組みを変える手立てをとってこなかった政府が悪いとも言えるでしょう。

さらに別の角度から見れば、その仕組みに何も言わず、黙って従ってきた国民ひとりひとりが悪いということにもなります。もちろん、結婚や出産で退職する女性が多かったのは、夫や親世代がそれを望んだり、仕事と育児を両立できる環境がなかったりしたせいでもありますが、多くの人が「そういうものだ」と思い込んでそうした行動を選択していたのです。

現在の日本の状況は、社会や政府、国民一人ひとりの行動の積み重ねによって引き起こされたものです。欧米諸国は早くからこうなることを予測して、日本よりずっと前から女性が働き続けられる社会をつくり上げてきました。日本も同じころから取り組みをしていれば、こんなひどい状況にはならなかったはずです。

30年前の予想より悪くなったのは、男性の非正規労働者化

私は30年ほど前から、女性内部の格差や貧困について研究を続けてきました。当初から、このまま行けば日本は問題を抱えることになるだろうと思ってはいたのですが、ここまでひどい状況になるとは想像していませんでした。ある時期から、私にとっては予想外だった現象が拡大し始めたからです。

それが男性の非正規労働者化の進行です。以前から女性の非正規は多かったものの、男性にまで広がるとは思いもしませんでした。そして非正規で経済力の低い男性が増えるにつれ、結婚できない男性も増え始めたのです。

男性が正規雇用であれば、ある程度の収入があるため非正規の女性と結婚しても生活していけるでしょう。しかし、両方が非正規の場合はかなり厳しくなります。結果として、経済力がないがゆえに結婚相手として選ばれない男性が増えることになりました。

居酒屋で働く男性
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また、経済的に不安定な男性が増えたことから、近年では「結婚相手に専業主婦になってほしい」と考える男性は全体の10%以下になっています。以前は40%近くいたのに、今では男性も女性にある程度の収入を求めるようになっているのです。

非正規であるがゆえに結婚できない男性が増えれば、そのぶん結婚できない女性も増えます。さらには男性でも女性でも、非正規で収入が少ない人は結婚相手として選ばれにくくなっている。このままでは少子化はますます加速し、日本は存続の危機に陥るでしょう。

結婚できない男性が増えた現状を変えるにはどうするのか

どうすれば解決するのか。企業が非正規雇用をやめてすべて正規雇用にすればいいのでしょうが、これはそう簡単に実現するとは思えません。であれば発想を転換して、非正規同士でも結婚して子育てできるような環境をつくればいいのではないでしょうか。

そのために今すぐできる打ち手は割と簡単で、最低賃金を大幅に引き上げればいいのです。先般、最低賃金が引き上げられ、全国平均の時給が1055円となりましたが、私はさらなる引き上げが必要だと思っています。

例えば最低賃金を1500円にすれば、年間1600時間働いたとすると年収は240万円ほど。フリーターやパートを含む非正規雇用者同士で結婚しても世帯年収は480万円ほどとなります。これは専業主婦のいる労働者階級世帯の平均世帯年収とほとんど変わりません。

【図表】各グループの平均世帯年収
出典=『女性の階級』、筆者作成

最低賃金を1500円にすれば非正規の夫婦でも世帯年収480万

共働きが難しい出産・育児期間に世帯年収が減るという制約はありますが、少なくとも「非正規だから結婚も子どもも無理」という問題は解消に向かうのではないかと思います。効果もすぐに出やすいので、その意味では結婚や子育てをする人を増やすための即効薬と言えるでしょう。

ただ、企業からすれば単に最低賃金を引き上げるだけではメリットがありません。そのため、上がった賃金に見合うだけの仕事をしてもらおうと、非正規雇用者の教育や育成に力を入れ始めるかもしれません。

こうした取り組みが進めば、企業の考え方が「非正規でもしっかり仕事をしているのだから正社員と区別する必要はない」という方向に変わっていくかもしれない。それが最も望ましい道筋だと思います。

公園で笑顔を見せる若い家族
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最低賃金の大幅引き上げは、夫と離死別した専業主婦やパート主婦の生活を守る上でも有効です。こうした女性たちは離死別後の再就職が難しく、非正規雇用者として低賃金かつ単純作業の職に就くことが少なくありません。

最低賃金を上げればエッセンシャルワーカーも楽になるはず

現実的には、社会には単純作業を担う人も絶対に必要ですから、全員の職域を広げるのは難しいでしょう。とはいえ、最低賃金を上げさえすれば貧困層への転落は防げます。最低賃金の役割は、どんな職の人であってもちゃんと生活ができて、結婚し子どもを産み育てられるようにすること。できる限り早く、その役割を果たせる額まで引き上げるべきです。

賃金格差からくる少子高齢化の加速や将来的な生活保護費の増大は、日本社会の存続だけでなく日本経済の危機にもつながります。ひと昔前はそのことを指摘する私を講演に呼んで話を真剣に聞いてくれるのは労働組合などでしたが、近年は経済界も危機感を持ち始めているようで、財界団体や金融機関などから依頼が来るようになりました。

洗濯かごの横で頭を抱えてうずくまっている女性
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2024年4月には、関西経済同友会が所得・賃金の格差是正やパートで働く人の賃上げを提言しました。経団連が選択的夫婦別姓の実現を政府に提言したように、今後は格差問題に関する動きも加速していくのではと期待しています。

女性や労働者の格差を是正しなければ貧困層はさらに増える

橋本健二『女性の階級』(PHP新書)
橋本健二『女性の階級』(PHP新書)

かつては専業主婦が憧れだった時代もありました。高度経済成長期あたりまでは、専業主婦になれるのは高学歴・高収入の夫を持つ一部の女性だけだったからです。その当時につくられてしまった「専業主婦=憧れ」という発想は、その後に世の中が変わってもなかなか変わりませんでした。往々にして、人間の考え方というのは世の変化と同じスピードでは変わらないものです。

それでも今では、日本全体がかつての考え方から脱却し始めています。今後はこの脱却スピードをさらに上げていかなければなりません。

現代では専業主婦やパート主婦は非常にリスキーですし、非正規雇用者の問題は少子高齢化や生活保護費の増大に直結します。女性内部や労働者内部の格差を是正し、貧困層の拡大を防ぐ。それが日本を存続の危機から救うことにつながると思います。

【図表】賃金カーブ(時給ベース)
出典=総務省統計局「『非正規雇用』の現状と課題