フーディーのリアルな懐事情

フーディーは、レストランで食べることを目的に、世界中を旅しています。食べたものやレストランなどについてメディアで発信することもあり、それで対価をもらうケースもあるかもしれません。しかし、1食数万円という食事も珍しくなく、食べるための出費を考えると、入りと出は間違いなくバランスしていません。

したがって、自分自身が飲食業に携わっている人以外は、収入は他で確保している、というケースがほとんどです。その意味では、職業というよりもウェイ・オブ・ライフ、「生き方」ということになるかと思います。

レシートとスマホを手に計算している人の手元
写真=iStock.com/Khanchit Khirisutchalual
※写真はイメージです

僕はアメリカの大学を卒業後、外資系の投資銀行に入社。投資ファンド2社を経て独立し、現在はエンターテインメントやホテルグループ、フードテックなど複数の企業のアドバイザーやスタートアップへの投資を行っています。

東京に家はありますが、オンラインでの仕事も多いため、まとめて海外や地方都市に出かけることが少なくありません。1年間をトータルで見れば、おおよそ海外が5カ月、地方都市が4カ月、東京の滞在は3カ月程度になります。

そして、ほとんど毎日、どこかのレストランやお店で食べています。この原稿を書いている少し前には、イタリアに2週間行っていましたが、最終日の夜を除いて、14日の滞在のうち昼と夜、計27の食事をすべて予約したレストランで食べました。

基本的に朝は食べないのですが、オーベルジュと呼ばれる宿泊機能を備えたレストランに泊まると、朝ご飯も食べるべき食事だったりするので、それも合わせると、2週間で35回は食事したと思います。海外と地方の9カ月が1日平均2.5食、東京の3カ月が平均1.5食なので、平均すると1日2.25食、年間800回以上外食していることになります。世の中には年間1000軒以上食べ歩いている人もいるので、フーディーの中では飛び抜けて多くはありませんし、数が多いだけではなんの意味もありません。ただ、フーディーでない方から見れば、理解不能な外食回数ではないかと思います。

食事と旅のために全てを犠牲にできるか

よくいわれるのが、「よほどお金と時間があるんですね」「贅沢なライフスタイルで羨ましい」。世の中には、お金と時間があり余っているから世界中を旅して食べている人もいるでしょう。ただ、多くのフーディーは、他の趣味や生きがいに打ち込んでいる人と変わらず、特に富裕層ばかりではありません。単純に、お金を使うプライオリティの問題なのです。

浜田岳文『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』(ダイヤモンド社)
浜田岳文『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』(ダイヤモンド社)

僕は、日本人の平均よりは所得が高いとは思いますが、それでもこのライフスタイルを維持する形でしか仕事を受けられないので、金融業界に残っていたことを考えたら収入は格段に低い。「親がお金持ちなんでしょ」とか、「金融時代の貯蓄があるんでしょ」といわれることもありますが、親は地方公務員だったし、先祖代々の遺産もありません。金融といってもトレーダーやセールスではなく投資銀行やファンドで、かつ10年で辞めたので、そこでの蓄財も少なかった。そして、なけなしの貯金のほとんどを2年間の世界一周の旅で使ってしまいました。

では、なぜ僕が世界中を食べ歩けているのか。それは、いろんなものを犠牲にして、食と旅に全振りしているからです。自分が興味がある特定少数のこと以外に、全くお金を使っていない。

ちなみに2024年で50歳を迎えましたが、いまだに独身です。今のライフスタイルを続ける限り、結婚したり、子育てをすることは難しいかもしれません。ふと思い立って、週末から2週間イタリアに行ってくるね、というのは特に小さい子どもがいたら許されないであろうことは、未婚の僕でも想像できます。だから、もし僕のライフスタイルを羨ましいと思うなら、結婚を諦めて、子どもを諦めて、車や時計を諦めて、他の趣味も諦めて、食以外の出費を最低限に押さえればいい。そうすれば、全く同じでないとしても似たような生活は誰でもできるようになります。ただ、そんな偏った生活は絶対におすすめしないし、ほとんどの人はしたいとも思わないでしょうが……。

浜田 岳文(はまだ・たけふみ)
美食家、フーディー

1974年、兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中に、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するため、フランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127国・地域を踏破。「OAD世界のトップレストラン」のレビュアーランキングでは、2018年度から6年連続第一位にランクイン。株式会社アクセス・オール・エリアの代表として、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの投資も行っている。