警察が動く事件と動かない事件の違い

警察にも相談しましたが、「あなたの言うことだけでは被害届は受理できません」と突っぱねられてしまったと。というのも、ストーカー事件と警察が認定するのに必要な要件を、今回は満たしていないからだというのです。

【参照】(ストーカー行為等の規制等に関する法律より引用・【】は著者加筆)
第二条 この法律において「つきまとい等」とは、
【①主観的な目的】
特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、
【②つきまとい等の具体的な行為】
当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
一 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その現に所在する場所若しくは通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと。
二 その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
三 面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。
四 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
五 電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、文書を送付し、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールの送信等をすること。
以下略

わかりやすいように言えば、①恋愛目的や失恋しての逆恨み的な怨恨目的②つきまとったり、拒否されたのに連続でメッセージを送ったり、無断でGPS等からの位置情報取得を続けている、という要件を満たす必要があるということです。

①の恋愛目的かどうかは、男性Aが依頼した弁護士に「恋愛目的ではない」と主張し、恋愛目的や怨恨の感情にあたりそうな事情が認められなかったため満たされず。②の行為に関しては、つきまとわれていたという1週間の記録が女性側で用意できないことから満たされませんでした。

ただし、警察からは、口頭で、男性側に注意はしてくれたようです。

被害者と加害者双方で弁護士を入れたため、弁護士同士の話し合いに。男性の言い分は「恋愛目的ではないし、今はもう職場で会うこともないんだから、引っ越す必要はなかったはず。だからお金を払う必要はない」というものでした。

カップルを密かにスパイする男
写真=iStock.com/Motortion
※写真はイメージです

これはストーカー事件にありがちな主張ですが、被害者の女性からしてみれば家の場所がストーカーにバレているだけで恐怖であり、自分に対して執着している人間がいつやってくるかわからない状況など耐え難い状況でしょう。いくらストーカー本人が「行かない」と言ったって、実際にストーカーに女性が殺害された事件が過去にいくつも起きている今、安心できるはずがありませんよね。このような被害者と加害者の主張の対立は、ストーカー被害の事件では結構“あるある”なのです。

ところで、恋愛目的ではないと主張していた男性Aですが、女性の担当弁護士から見て発言に疑問を感じる箇所が多々あったようです。そもそも女性は「単なる職場の社員の方で、ほとんどしゃべったこともないです」という前提で主張をしていました。それに対して、男性Aは「ただの職場のひとりではないし、雑談もしたことがある」と妙に食い下がったのだそうです。よくよく聞いてみると、一度だけ、女性から仕事のやり方について聞かれたことがあり、そのことについて言っていたようです。

「彼女のためにやってあげたのに」

結局、男性が数日の間つきまとっていたことや写真を撮っていたことは自ら認めていたことや、裁判にまで発展することは嫌がったため、女性の訴えは通り、宿泊代や引っ越し代などの諸経費はまるまる返ってくることとなりました。しかし、男性Aは「彼女のために良かれと思ってやってあげたのに……」と反省の色は一切見せなかったといいます。

今回の件の女性の動きで良かった点は、男性Aの上司にすぐ相談し、男性Aとの接触を最小限に抑えたところです。

クライアントと話す様子
写真=iStock.com/Prostock-Studio
※写真はイメージです

例えば被害女性が副業や不倫など、会社にバレたくない関係を社内で持っていて、それを会社にバラす……などと脅された場合も同様です。自分の弱みを握られていようが殺されては元も子もありませんから、そのような場合も脅しにのらず、周囲の良識ある大人や弁護士にすぐ相談しましょう。また、ストーカー被害発覚後にネットカフェに宿泊するなどして、すぐに居場所を変えた点は二次被害を回避する策としてかなり良かったと思います。

そのうえで、自分一人で判断や行動をせず、弁護士に相談することで、ストーカーへの賠償や接触の防止等に関して法的に整理した形で対応するようにしていったことも、長い目で見たときに良かったと思います。弁護士が間に入れば警察とも連携が取れるので、身の安全を確保しつつ有利に交渉を運べます。

わが身を守るポイント
・一人で対応しない
・二次被害防止のために逃げる

弁護士の視点から言うと、男性側に弁護士がついたのが意外と功を奏したのかなと思います。なぜなら、ストーカーという危険な行動をしている人には「あなた危ないですよ」と指摘してくれる第三者がいないことが問題だからです。弁護士から「裁判になったらあなたのとった行動はマイナスですよ」などと冷静かつ合理的な説明があったのは、今後のために良かったのではないでしょうか。反省はしていなかったようですが……。