2024年3月10日、アメリカで行われた第96回アカデミー賞授賞式。全世界が生中継で注目したその晴れやかな場で、アジア人俳優を差別する振る舞いがあったのではという疑惑がある。アメリカで大学教員をしていた柴田優呼さんは「欧米では、アジア人がそこにいないものとして無視される現象がしばしば起きる。それを『気のせいだ』と問題視しないことは間違っている」という――。
土産店のオスカー像
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前年は『エブエブ』旋風で中国系俳優がダブル受賞したが…

2024年の第96回アカデミー賞授賞式は、昨年と打って変わった展開となった。昨年は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』主演の中国系マレーシア人で、香港映画界でも活躍してきたミシェル・ヨーが主演女優賞を受賞した。共演者であるベトナム華僑でアメリカ人のキー・ホイ・クァンも、助演男優賞を受賞。ヨーの主演賞受賞は、アジア系俳優では初めての快挙。クァンの助演男優賞受賞も、アジア系俳優では38年ぶりのことで、日本でも受賞を喜ぶ声が広がった。

それまで2020年頃から、コロナ禍のアメリカでは、アジア系の人々をターゲットにした暴力事件が多発してきた。「ブラック・ライブズ・マター」運動を全米に広げた黒人に比べ、おとなしいと思われてきたアジア系アメリカ人から強い抗議の声が上がり、それをアメリカのメディアも大きく報道した。アジア系の人々の存在が以前よりアメリカ社会でクローズアップされるようになり、そうした中で起きたオスカーのダブル受賞だった。それまで影の薄かったアジア系の人々も、ようやく日の目を見る時がきたように思われた。

ところが今年のアカデミー賞授賞式は暗転。昨年の高揚感に、冷や水を浴びせるような出来事が起きた。最初は、助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jr.が、昨年受賞したキー・ホイ・クァンからトロフィーを受け取る際のことだった。ダウニー・Jr.はクァンを一顧だにしないまま、トロフィーだけ片手で彼から取ると、壇上にいたティム・ロビンスと握手し、サム・ロックウェルとは互いのこぶしを当てて、しっかりあいさつを交わした。その間クァンは全く無視され、受賞者の名前が入った封筒を渡すことすらできない様子がカメラに映し出された。

白人の受賞者が前年受賞者のアジア人俳優を無視?

受賞トロフィーは、前年受賞者が渡すのが恒例だ。だが今回は珍しく、過去の受賞者が5人も壇上に並び、その中央にキー・ホイ・クァンが立つ設定となっていた。このため対応の落差が際立つ結果にもなった。プレゼンターが5人になるのは、2009年に行われた形式にならったもの(2010年にも規模を縮小して行われた)。俳優同士のつながりや交流も披露することができる、といった理由で今回、復活していたのは皮肉だ。その時は白人に交じってハル・ベリー氏ら黒人俳優も一部壇上に上っていたが、アジア系俳優の姿はもちろんなかった。

ロバート・ダウニー・Jr. の振る舞いに続いて起きたのが、主演女優賞を受賞したエマ・ストーンを巡る一幕。ストーンに授与するためミシェル・ヨーが手にしていたトロフィーはなぜか、ヨーの隣にいたジェニファー・ローレンスの手元に移り、トロフィーは、ローレンスからストーンに渡された。ローレンスを後ろから止めようとするサリー・フィールドの姿がカメラに映った。

授与後、エマ・ストーンとジェニファー・ローレンスは間髪を入れず、ハグ。続けてストーンはサリー・フィールドともハグしたが、近くにいたミシェル・ヨーは素通り。壇上にいた他の2人に軽く挨拶した後、最後にストーンは申し訳程度に、ヨーにも軽く挨拶した。