「知り合いに案内に行ってはダメだよ」
「いいんじゃない。やったら? だけど、俺の知り合いのところへは、絶対に案内に行ってはダメだよ」
堀野智子さんが、化粧品大手「ポーラ」のセールスをやりたいと夫に告げた時、開口一番に言われたことだ。
夫は県庁職員、同僚や部下の妻たちなら、いい顧客になるはずだ。実際に周囲には、親戚への案内から始める人が多かったが……。
「主人がそういうので、私は家からなるべく離れたところまで歩いていって、飛び込むことにしたの。事務所に行く途中に県営住宅があったから、初めはそこを狙って。結構、契約を取ったんだよ」
堀野さんは体当たりに、見ず知らずの女性たちの懐に飛び込んで行った。
「ごめんください。奥さんでいらっしゃいますか? このお花、奥さんが生けたのですか? 上手だわ」
ポーラで働く前、知人に頼まれ、保険の飛び込み営業を一定期間していた経験も役立った。
「いろいろ話しているうちに、いい雰囲気になるんだね。『ちょっと、入ったら?』と言われて、『実は、こんな化粧品をやってんだけど』って話をして。当時は、誰も化粧水とか塗っていなかったから、話すと、みんな喜んでくれてね。飛び込みも案外、楽しかったね。いろんな人に会えて」
かつて私も一軒一軒、ピンポンをして話を聞く「飛び込み」での取材をしたが、正直相手に嫌がられた記憶しかない。それでも話してくれる可能性がゼロでない以上、ピンポンを続けるしかなかったのだが、それを堀野さんは、楽しいと言い切る。
堀野さんの「飛び込み」は、すっと相手の心に入っていくものなのだ。堀野さんの天性の明るさ、陽気さがもたらすものなのか。