人の気持ちを「わかる」のは大変なこと

さみしいように思うかもしれませんが、これが真実です。そして「それでいい」のです。

諸富祥彦『プロカウンセラーの こころの声を聞く技術 聞いてもらう技術』(SB新書)
諸富祥彦『プロカウンセラーの こころの声を聞く技術 聞いてもらう技術』(SB新書)

なぜなら、一緒に生活をしている夫婦や親子が、相手に気を遣ってばかりいると、「自分の気持ちを押し込めるようになってしまう」からです。

「私の気持ちをわかってよ」と求められすぎると、人は窮屈になります。しかも健康な人であればあるほど、つらくなります。なぜなら、「私の気持ちをわかってよ」と求められすぎるのは不健全なことだからです。

ある人間が、ほかの人間の気持ちをわかるというのは、それほど大変なことです。

私たちカウンセラーや心理士など、人の話を聞いて気持ちを「わかる」ことを生業なりわいとしている人間でも、一緒に暮らす家族の気持ちをわかるのは、なかなか大変です。

なぜなら、みな、自分のことで精いっぱい、だからです。自分のことで忙しくて、疲れきってふらふら。家族全員が同時に「もう限界」となっているケースも少なくありません。

そんなとき、突然、「私、あのね」と、語りかけられても困ります。

相手の話を「聞く」ためには、「こころの中にスペースを空ける」必要があるからです。

こころの中に「スペース」を空けることができて初めて、「さあどうぞ。あなたの話を聞く準備ができました」となります。

それでも、一回で「本当にわかる」「十分にわかる」ことなど、不可能です。

同じ話や似た話を、何度も何度も聞きながら、ようやく「じわじわ、わかってくる」ものです。

一発で、十分に「わかる」のは、プロのカウンセラーでも不可能です。ましてや、普通の人に一回ちらっと話しただけで、十分わかるなど、できっこありません。

「わかりあう関係」は2人でつくるもの

しかし、多くの人は「私は、私なりのやり方でサインを発していた。なのに、わからないのはあなたが悪い!」と相手を責めてしまいがちです。

いったい何様のつもりでしょうか。

相手の人も、自分の人生を生きるのに精いっぱいです。なのに、自分が発した小さなサインだけで、それに気づけ、というのは、無理というものです。

「わかりあう関係」は、2人でつくっていくものです。一方の、飛び抜けた洞察力や努力によって可能になるものではありません。

わかってほしい側、聞いてほしい側は、まず「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」と言葉にする。そして、時間と場所を設定する。聞いてもらえたら、まずはそれだけでよしとする。

それ以上の多くのことは、望まないこと。これが、「わかりあう関係づくり」のスタートです。

諸富 祥彦(もろとみ・よしひこ)
明治大学文学部教授

1963年福岡県生まれ。教育学博士。臨床心理士。公認心理師。教育カウンセラー。「すべての子どもはこの世に生まれてきた意味がある」というメッセージをベースに、30年以上、さまざまな子育ての悩みを抱える親に、具体的な解決法をアドバイスしている。教育・心理関係の著書が100冊を超える。