2022年東山動植物園のケースは超スピード出産だった

東山動植物園のアジアゾウのアヌラは、2013年の第1子のときも2022年の第2子のときも安産でしたが、第2子の時はとんでもなく早く、陣痛の徴候もほとんどなく、あっという間に生まれました。ゾウ舎内の真横の部屋でモニターを見ていた飼育員さんたちも、赤ちゃんゾウが羊膜に包まれて母体から落ちてくる瞬間には間に合わなかったぐらいです。

通常、ゾウの出産は、数時間前から力むようになり、出産が近いことを示す動きが多くなってくるんですが、2022年のアヌラの出産時にはほとんど前兆がなかった。今か今かと毎日期待して待っていましたが、夜0時半ごろに電話をもらい、「もう生まれました」と。電話をくださった動物園の方も、現場から「生まれた」と聞いて電話した、ということでした。

そのときの出産時刻は夜中の0時24分。私は岐阜から車ですぐに駆け付け、2時前に動物園に到着し、出産時の様子などを教えていただきました。しかし、出産が済めばOKというわけではありません。後産の排出、そして初めての授乳、初乳が与えられるまでは安心できません。

2022年、アジアゾウ・アヌラの出産
写真提供=名古屋市東山動植物園
2022年、アジアゾウ・アヌラの出産

無事に初めての授乳をするまでが「ゾウの出産」

人間を含め、哺乳類は初乳で母親から子どもに免疫を移行させています。ゾウの出産でも、初乳が与えられないと、子がうまく育たないということが起こりがちです。なので、24時間体制で交代しながら出産に備えてきた飼育員さんたちは、母ゾウが無事に出産した後も「いつ授乳するだろう」とハラハラしながら見守ります。

ゾウのメスの乳房は、イヌやネコと違って、人間に近い位置、胸のあたりの前足側にあります。このときも、赤ちゃんゾウが乳房を探り当てられず、別の場所やずれた位置を探っていたので、飼育員さんたちが介助して赤ちゃんを乳房の方に向かわせました。アヌラも前足を少し前に出して、赤ちゃんが母乳を吸いやすいようにしてくれて、初めての授乳を見たときはホッとしましたね。朝7時43分に授乳ができたことを見届けてから、私は動物園から退出しました。

2022年、アヌラが第2子うららに初乳を与える様子
写真提供=名古屋市東山動植物園
2022年、アヌラが第2子うららに初乳を与える様子

東山動植物園からの依頼を受けて、共同プロジェクトとして、岐阜大学の学生たちがゾウの観察に協力しました。応用生物科学部の学生にボランティアを募り、出産前後のトータル2カ月間ほどを、学生数名ずつで毎日交代しながら、動物園のスタッフと連携して監視と観察を続けました。妊娠末期の母ゾウや一般公開前の産後すぐの母子の様子を観察できて、ふつうは一生のうちに経験できない貴重な体験になったと思います。

最初に説明したように、将来も国内でゾウの飼育が継続できているかは今もこれからも常に正念場です。動物園で1頭でも多くのゾウの赤ちゃんが生まれることを願いながら、私たちにできる研究で協力していきたいと思います。

楠田 哲士(くすだ・さとし)
岐阜大学応用生物科学部教授

岐阜大学応用生物科学部応用動物科学コース動物園生物学研究センター長。2023年4月より現職。日本大学生物資源科学部、岐阜大学大学院農学研究科で学ぶ。博士(農学)。動物保全繁殖学、動物園学を専門とする。全国の動物と共にゾウ、キリン、トラ、ツシマヤマネコ、ライチョウなどの保全繁殖研究に取り組む。