私たちは動物園でゾウを見られるのが当たり前だと思っている。全国の動物園と提携しゾウの繁殖をサポートしている岐阜大学の楠田哲士教授は「実は日本でのゾウの繁殖は危機的状況にある。ゾウのメスは発情期が年に3、4回しかなく、オスと交尾させるのは簡単ではない。このままでは日本からゾウはいなくなってしまうかもしれない」という――。

日本の動物園でのゾウの飼育歴135年でメスの妊娠は約40例

2023年3月に大分県の九州自然動物公園でアジアゾウの赤ちゃんが生まれました。8月には北海道の札幌市円山動物園でも生まれました。昨年は私が勤める岐阜大学から一番近いゾウの飼育園、名古屋市東山動植物園でもアジアゾウが2頭目の子を出産しました。うれしいことに近年は成功例が続いていますが、全体として見れば、日本の動物園におけるゾウの繁殖は厳しい状況にあります。135年前から『かわいそうなぞう』で有名な戦時中を経て現在までゾウの飼育が続けられてきたのに、その歴史の中でも妊娠は、アジアゾウとアフリカゾウあわせてわずか約40例なのです。死産や流産、若齢で死亡した子を除けば、およそ半数しか成育していません。

野生動物を保護するワシントン条約があり、新しい個体を輸入することは非常に厳しい状況です。それでもまだアジアゾウは国家間の交流として贈られることもありますが、アフリカゾウはほぼそんな機会がありません。現在、全国の動物園にいるアフリカゾウでなんとか数を増やしたいところですが、25頭しかおらず、そのうちオスは4頭のみで、全体の高齢化も進んでいる。かなり危機的な状況です。アジアゾウについても楽観はできず、このままでは、遠くない将来、国内の動物園でゾウを見ることができなくなるかもしれません。

そんなことにならないためにも、私の研究室では全国のゾウ飼育30園ほどと連携し、ゾウの繁殖をサポートしています。研究を始めてもう20年になるでしょうか。メスのホルモン値を測る方法が定着し、発情や出産の時期がかなり特定できるようになってきました。とにかくゾウは発情にしても妊娠、出産にしても、外見ではわかりにくい。それが繁殖の難しさにつながっているのです。

メスの発情は年に3、4回ほど、その時期だけオスと同居させる

そもそもメスの発情期は3~4カ月に一度。人間の女性は月に一度排卵がありますが、それが年に3、4回しかないわけです。まず繁殖のチャンスが少ない。定期的に採血してホルモンの値を測っていると、ある程度、発情期を予測できるようになってきましたが、メスが交尾を許容する日数は数日間と短く、繁殖の機会は極めて限られています。しかも、メスには排卵の3週間前に「偽発情」が起こり、このときは交尾しても妊娠には至らない。飼育員さんが発情を判断できる場合でも「今日は本当の発情か偽発情か」というのを見極めるのは一般的には至難のわざです。

【図1】ゾウの発情・排卵に伴う生理変化と外部兆候の模式図

飼育下でのゾウの繁殖は、派手な誇示行動なしに始まるので、飼育員さんも気付かないうちに進行するケースもあります。このため、メスのプロジェステロン(黄体ホルモン)の変化をモニタリングするために、定期的に血液を分析することが重要になってきます。私たちや動物園が次の発情期を予測し、その推定時期に、ふだんは別居しているオスと同居させます。

オスとメスが1年中同居しているのは不自然で繁殖しにくい

ひと昔前は、どこの動物園でも、オスとメスがいるなら1年中同居させていましたが、本来、オスのゾウは単独で暮らし、メスは自分たちと子どもだけの母系集団を作るもの。そして、その中のメスが発情すると、それをかぎつけたオスが群れにやってきて交尾をし、交尾が終わればオスは去っていきます。

現在は、そんな野生のスタイルに近づけた飼育が推奨されています。ゾウは知能が高い動物ですから、「子どもの頃から雌雄のペアだけで育てていると、兄妹のような感覚になってしまい、そのせいで交尾しないのでは?」ということも、ずっと指摘されてきました。そして、動物園の繁殖がなかなか成功しないという現状があり、別居の方がうまくいく可能性が高いのではということで、普段は別居させています。

メスの陰部はおなか側にあり、オスは無理強いできない

発情期の同居中にうまく交尾してくれればいいのですが、メスが嫌がることもよくあります。実はメスの陰部は、他の動物よりも肛門から離れた位置にあり、ややおなか側で、股の間。よってメスがしゃがみ込んだり、交尾を嫌がって自分の後ろ足をクロスしてしまえば、オスはマウントしても陰茎を挿入することができなくなります。しかし、メスが拒否しているにもかかわらず、何度もオスに挑まれれば、さらに拒否するようになるかもしれません。

若いオスはいつでもマウントを試みますが、いくらか歳を重ね経験を積んだオスは、もしメスが受け入れ可能でなければあまり興味を示しません。しかし、オスは遊び半分で性行動をとることもあります。メスを追尾する、押しのける、肛門から糞をかき出す。または、自分を誇示したり牙で突いたりなど優位性を示す行動を取ることも。オスはたびたびメスの生殖器付近や尿をチェックするようになり、メスの発情状態をチェックしています。

通常、交尾はオスがメスの周囲をウロウロすることから始まります。このときオスのペニスは勃起してくるか、もしくは追尾している間に勃起していきます。これはメスしだいで数分間、あるいはずっと続きます。このときに交尾が成功するかは、メスが止まりじっと立っているかどうかにかかっていて、そうすることで初めてオスはメスの体に前足を掛けてマウントすることができるのです。

写真提供=名古屋市東山動植物園

オスは長くて曲げやすい陰茎でメスの腹部を探り交尾

オスのマウントをメスに許容するよう、オスがメスを追い詰めることもあります。メスが立ち止まらない場合は、オスが疲れて追尾を止めるか、もしくはメスに対し攻撃的になってしまうので、飼育員さんは気をつけて見ています。

アフリカゾウ(オスのタマオとメスのアイ)の交尾(2000年8月1日、多摩動物公園にて)
筆者撮影
アフリカゾウ(オスのタマオとメスのアイ)の交尾(2000年8月1日、多摩動物公園にて)

メスが一度立ち止まると、オスはメスの後ろに立ちます。メスがお尻を向けてオスに近づきマウントを許容するか、もしくはオスが頭や牙を使ったりして、適当な位置につかせます。オスは体を持ち上げるために自身の頭をメスの背に乗せ、次に両方の前肢を乗せ、完全に勃起した状態でメスにマウントします。そして、勃起したS字状のペニスで陰部に挿入できるまでメスの腹側を探るのです。交尾行動は数時間に一度、もしくは数日程度で数度見られます。

しかし、それでも100パーセント妊娠するわけではありません。理由ははっきりしていません。飼育下では卵巣や子宮に異常のあるメスが少なくなく、特にアフリカゾウに多いことが海外の研究でわかっています。この生殖器系疾患がある場合や、交尾しても妊娠に至らない(おそらく着床しにくい)個体、排卵すら停止してしまっている個体がいるようです。それも20~30歳代の繁殖適齢期のメスでそうなってしまいます。

2年という哺乳類最長の妊娠期間を経て100キロの子を産む

もし、無事に妊娠できたら、メスは約2年という哺乳類最長の妊娠期間を過ごすことになります。出産のとき、胎子は約100キログラムもの大きさになります。ただ、お母さんゾウが体重3~4トンなので、比率としてはそれほど巨大児というわけでもありません。妊娠していることも外見からはわかりにくいほどで、出産半年前ぐらいまでは、動物園のお客さんが見て「おなかが大きいな」と気づくことはあまりないでしょう。

私の研究室では、交尾した後にメスのホルモン値の動きを見ながら妊娠判定をします。そして、妊娠末期になったら、毎日採血をして、出産日を予測する方法が取り入れられています。最後は陣痛などの行動から出産を待つことになります。

ゾウの繁殖において、動物園とこのような密な連携をしているので、できれば赤ちゃんゾウ誕生の瞬間には立ち会いたいもの。動物園から「いよいよ出産が近いかも」と呼んでもらえるのですが、駆け付けてもいつも間に合わず、実際に立ち会えた試しはありません。

2022年東山動植物園のケースは超スピード出産だった

東山動植物園のアジアゾウのアヌラは、2013年の第1子のときも2022年の第2子のときも安産でしたが、第2子の時はとんでもなく早く、陣痛の徴候もほとんどなく、あっという間に生まれました。ゾウ舎内の真横の部屋でモニターを見ていた飼育員さんたちも、赤ちゃんゾウが羊膜に包まれて母体から落ちてくる瞬間には間に合わなかったぐらいです。

通常、ゾウの出産は、数時間前から力むようになり、出産が近いことを示す動きが多くなってくるんですが、2022年のアヌラの出産時にはほとんど前兆がなかった。今か今かと毎日期待して待っていましたが、夜0時半ごろに電話をもらい、「もう生まれました」と。電話をくださった動物園の方も、現場から「生まれた」と聞いて電話した、ということでした。

そのときの出産時刻は夜中の0時24分。私は岐阜から車ですぐに駆け付け、2時前に動物園に到着し、出産時の様子などを教えていただきました。しかし、出産が済めばOKというわけではありません。後産の排出、そして初めての授乳、初乳が与えられるまでは安心できません。

2022年、アジアゾウ・アヌラの出産
写真提供=名古屋市東山動植物園
2022年、アジアゾウ・アヌラの出産

無事に初めての授乳をするまでが「ゾウの出産」

人間を含め、哺乳類は初乳で母親から子どもに免疫を移行させています。ゾウの出産でも、初乳が与えられないと、子がうまく育たないということが起こりがちです。なので、24時間体制で交代しながら出産に備えてきた飼育員さんたちは、母ゾウが無事に出産した後も「いつ授乳するだろう」とハラハラしながら見守ります。

ゾウのメスの乳房は、イヌやネコと違って、人間に近い位置、胸のあたりの前足側にあります。このときも、赤ちゃんゾウが乳房を探り当てられず、別の場所やずれた位置を探っていたので、飼育員さんたちが介助して赤ちゃんを乳房の方に向かわせました。アヌラも前足を少し前に出して、赤ちゃんが母乳を吸いやすいようにしてくれて、初めての授乳を見たときはホッとしましたね。朝7時43分に授乳ができたことを見届けてから、私は動物園から退出しました。

2022年、アヌラが第2子うららに初乳を与える様子
写真提供=名古屋市東山動植物園
2022年、アヌラが第2子うららに初乳を与える様子

東山動植物園からの依頼を受けて、共同プロジェクトとして、岐阜大学の学生たちがゾウの観察に協力しました。応用生物科学部の学生にボランティアを募り、出産前後のトータル2カ月間ほどを、学生数名ずつで毎日交代しながら、動物園のスタッフと連携して監視と観察を続けました。妊娠末期の母ゾウや一般公開前の産後すぐの母子の様子を観察できて、ふつうは一生のうちに経験できない貴重な体験になったと思います。

最初に説明したように、将来も国内でゾウの飼育が継続できているかは今もこれからも常に正念場です。動物園で1頭でも多くのゾウの赤ちゃんが生まれることを願いながら、私たちにできる研究で協力していきたいと思います。