「記念写真」から広がった批判
当初、松川議員への批判は、SNSにアップされたエッフェル塔前の記念写真に関するものだけだった。しかし、「真面目な研修なのに誤解を招いた」「費用は党費と各参加者の自腹で捻出した」といった長文の“言い訳”が、火消しどころか、さらなる炎上の“燃料投下”になった。「研修の時間は、実際には多くて6時間で、大半は遊びではないか」「参加費の自腹は30万円だけだが、ファーストクラスに乗れば300万円はかかるのでは?」など、話は記念写真への批判から大きく広がっている。
とはいえ、これが進退問題にまで発展するとは私も思わなかった。カラ出張でも目的外出張でもなく、いちおう研修の時間はとってあったのだから、岸田政権に与えたダメージは大きかったが、引責問題にまで広げる必要はなかっただろう。
たとえ、多少観光の側面が入っていたとしても、人々の生活を見ることは重要だと思う。それは、Zoomやネットの情報ではわからないものである。「急激に移民が増えた」「海外のインフレーションに比べてみると、あらためて日本でデフレが続いていたことがよくわかる」「最低賃金はどれくらい違うのだろうか」「異なる文化や歴史をもつ国の制度を、日本に導入しても大丈夫だろうか」といった感覚は、現地で実際に見聞きしなければ理解できないものでもあるからだ。
必要だったのは日本でのフィールドワーク
むしろ松川議員たちに欠けていたのは、日本の生活のフィールドワークだったのではないだろうか。もし日本でのフィールドワークをしっかり行っていれば、税金を使って行った視察旅行中にエッフェル塔の前でポーズをとって記念写真を撮る議員に、どんな視線が集まるのか、多少は予想がついたのではないだろうか。
最後のバブル世代の私にとって、海外旅行は大学生が気軽に行けるレジャーだった。むしろ国内旅行のほうが高額だとすら思っていたほどだ。最初の旅行は7万円のアメリカ1週間の旅だった記憶がある。
10年前でも、まだ特に「海外旅行は高い」と思ったことはなかった。ところが今、先進国の物価は日本の2倍、もしくは3倍である。日本ではワンコインでランチが食べられるが、欧州やアメリカの都市では、ランチでも5000円かかるのは当たり前。飛行機のエコノミークラスでも40万円や50万円かかる時代に、海外旅行は大半の日本人にとって高根の花である。その証拠に、日本発の直行便であっても、日本人の姿は少ない。
海外の視察旅行は、日本社会の姿を浮き彫りにすることにこそ、使ってほしい。
1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。ヤフー個人