なぜこんなにも母親にとって子育てが苦しいのか

保育園は、子どもを産み育てながら働く、また介護などを抱える親、主に母親を支えるために存在している、はずである。しかし、著者らの調査、自由記述から見えてくるのは、保育園が母にとっての「壁」になってしまっている現実である。

「保育の壁」は、たんに保育園に入れないという問題ではない。妊娠や出産時期で入所の有利不利さえ左右されてしまうから、保育園に入りやすくなるように育児休業を切り上げ、あえて就労時間を長くする人もいる。入所申請で母親たちはすでにヘトヘトだ。入れるかどうか先の見えない不安の中で、育児休業中も気が休まらない。

入所の壁の前には死屍累々ししるいるいである。綱渡りのように認可外保育園に預けて働く人もいれば、仕事をあきらめざるを得ない人もいる。一度仕事を辞めてしまえばさらに保育園に入りにくくなり、容易には再就職できない。入所の可否が、母親の人生を決定的にと言ってよいほど大きく変えてしまう。少子高齢化で現役世代が減る中では、一人でも多くの人が働き、子どもを産み育ててもらうことが必要ではないだろうか。

通りで赤ちゃんと一緒に通勤中の若い自信に満ちたワーキングマザーの肖像画。
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです

保育園に無事入れても「預けられるか」という不安は続く

前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)
前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)

保育園に入れたとしても、壁は立ちはだかり続ける。2歳児までの小規模認可に入った人はすぐに3歳児からの保育園入所の申請準備にかからねばならない。また、一人っ子でなく複数の子どもを持ちたいと思っても、下の子の出産時に上の子を保育園に預けることもなかなかかなわない。さらに子どもが小学校に入っても、壁はなくならない。学童は保育園ほどのケアは提供していないし、職場の配慮も以前ほどではなくなる。一方、小学生は小さな子どもだ。まだ手がかかるし、一人にしてはおけない。

親にゆとりがあって幸せであれば、子育ても楽しめるはずだ。だが現実は、子どもを産んだとたん、子育ての責任は母親に重くのしかかってくる。子どもを産むことが、キャリア形成やさまざまな人生で実現したいことをあきらめなくてはならないようなリスクをもたらしている。母親の人生の見通しは立たないままだ。

出典
(※1)内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』131頁
(※2)厚生労働省(2022)「令和3年賃金構造基本統計調査結果の概況」
(※3)内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』21頁

前田 正子(まえだ・まさこ)
甲南大学教授

こども家庭庁審議会委員。専門は社会保障・保育政策。早稲田大学教育学部卒業。松下政経塾をへてノースウエスタン大学 MBA取得。慶應義塾大学大学院商学博士。横浜市副市長等をへて現職.主な著作に『保育園は、いま』(岩波書店)、『保育園問題』(中公新書)、『大卒無業女性の憂鬱』(新泉社)、『無子高齢化』(岩波書店)など。

安藤 道人(あんどう・みちひと)
立教大学准教授

専門は公共経済学・応用ミクロ計量分析。一橋大学経済学部卒業、同大学院社会学修士、ウプサラ大学経済学博士。国立社会保障・人口問題研究所をへて現職。医療・介護・子育て支援・困窮者支援などの社会保障制度や地方交付税や国庫補助金などの政府間補助金制度が対象者に与える影響を研究。