子どもを産んだ母親が高い倍率をくぐり抜けて子を保育園に入れられたとしても、保育料を支払い続けるのは至難の業だ。甲南大学教授の前田正子さんは「2017年に調査した自治体では世帯年収500万円で年間50万円近い保育料に。多くの母親は時短勤務などで収入が減るにもかかわらず、子育ての金銭的負担は一手に親にかかってくるのが日本の現実だ」という――。

※本稿は、前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)の一部を再編集したものです。

なんとか認可保育園に入れても保育料が高すぎる

2019年10月から幼児教育・保育の無償化が行われ、3歳以上の保育料は基本的に無償化されているが、調査時点では保育料が高すぎるという声も少なくなかった。なお、2023年現在も0~2歳児の保育料は所得に応じて支払うことになっている。

保育料は世帯年収に応じて算定される。あくまで概算だが、A市では0~2歳児の場合、世帯年収1000万円以上は月額約8.4万円、900万円以上が約7万円、700万円で約5.6万円、600万円で約5万円、500万円で約4万円である。つまり、世帯年収500万円で年間50万円近い保育料を支払うことになる。保育料が高いと感じるのは、世帯年収ではなく、母親の給与と保育料を比較しているからではないだろうか。

そもそも女性の賃金は男性より低い。データから2021年の「一般労働者」(短時間労働者以外の労働者の賃金格差を見ると、女性の賃金は男性の約75%しかない(※出典1)。平均賃金を見ても、男性は月額約33万7200円だが、女性は約25万3600円である(※2)

男女間所定内給与格差の推移
出典=内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書

時短勤務になった当初は給料減なのに保育料は前年度換算

さらに、育児短時間勤務制度を利用すればそれだけ母親の給与は少なくなる。また育児休業中の育児休業給付金の手取りと、職場復帰した後の手取り収入から保育料を引いたものを比較すると、手元に残る収入が育児休業給付金より少なくなる人もいる。

非正規雇用で働いている女性の場合、夫の扶養の範囲内で働こうとする人も多い。2017年のデータを見ると、夫がいて非正規で働いている女性の約4割が就業調整(収入を一定の範囲に抑えるために就業時間を調整すること)をしている。そして、このうちの約97%が年収149万円以下である(※3)

保育料が高くて、ほしいだけの子どもが産めないという声もある。また、入所手続きに翻弄された時の辛さを考えると次の子を産むのをためらう人までいる。

ある自治体で認可保育園に入所申し込みをした全世帯に対して行った調査では、アンケートの自由記述に600人を超す母親たちの悲痛な声が寄せられた。

【回答A】0~3歳までの保育料を下げてほしい。月に6万円近い保育料は高すぎます。時短で働いていても給料の半分近くが保育料になり子どもの将来のために必要なところにお金を使えない(預金やならい事など)。

【回答B】収入が減っているにもかかわらず、前年度の(つまり産休前の)納税額で4~8月は保育料を払わなければならず、非常に苦しい経済状況となりました。お金がなければ子どもがもてないような社会になるのは今後の日本にとって大打撃だと思います。保育料への公的援助を増やしてほしい。

保育料のために働いて子どもと過ごす時間がなくなる矛盾

【回答C】子どものために働いているのに、2人をあずけると、保育料だけで7万以上かかり、何のために働いているのかわからなくなる。子どもはほしいが3人目は経済的な理由で難しいのが現実。一生懸命働いて保育費を払っているようなもので、本当は一緒にいてあげたいのに何をやっているのかわからなくなる。保育費を見直して下さい。

【回答D】保育料が高い。実際4月入所しかできないため育休を切り上げて職場復帰したが、短時間での勤務に切りかえると給料は減っている。しかし保育料が高いため実際の家計は育休中よりマイナスになる。この状況になると2人目以降の子どもを考えた時に「保育所の入り辛さ」+「2人目の保育料の負担」というハードルが更に増えるため、きょうだい(2人以上)育児への不安はかなりある。

多くの母親は出産・育児で仕事を減らして収入が減るにもかかわらず、子育ての金銭的負担は一手に親にかかってくるのが日本社会の現実だ。

【回答E】保育料が高すぎるのでもっと金額を下げてほしいです。ただでさえ高い保育料を払っているのに、それにプラスして病児保育で追加で保育料を払うのは厳しいです。(略)せめて6歳まで所得制限関係なく医療費負担を0にしてほしい。
理想の子ども数を持たない理由
出典=文部科学省「幼児教育の現状」令和2年2月17日

保育料と病児保育で年間250万近くかかるという人も

【回答F】子は社会からの預かり物で次世代を担う宝です。社会全体がその恩恵を受けるのだから少なくとも保育料程度の負担は社会で分担すべき(育児で収入が下がり、そこに保育料と病児保育サービスが年間250万近くはかかります)。(略)受験や就労、資格取得などで、今まで女性であることで特に優遇されたことはありません。にもかかわらず子どもができたら仕事をセーブせざるを得ない負担が女性にかたよるのは不公平です。

3人以上の多子世帯では、保育園の保育料負担はさらに重くなる。A市には第2、3子への保育料軽減措置(多子世帯の保育料軽減)があるが、対象になるのは、きょうだいが就学前で、同時に保育園や幼稚園などに通っている場合に限られる。しかし、実際に子どもが多い世帯では、きょうだいの年齢が離れているケースも多い。しかも年齢が上がれば上がるほど、教育費などで子ども関連の出費はますます増えていく。

また高額な保育料負担が3人以上の子どもを産み育てることを躊躇させているという人もいる。世帯収入がそこそこ高くとも、多くの子どもを育てるのは金銭的負担が大きい。

子だくさんは罰なのか? のしかかる保育料の負担

【回答G】3人が同時に保育所等に入っていたら3人目は無料ですが、うちは年が離れているのでこの制度が使えない。4人も子どもがいるのに下の2人でまた保育料を払わなければいけない。保育料が高いから子どもを2人目3人目あきらめる人もいると思う。(略)今後お金がかかるのに保育料だけは年収で決まるので考えてほしい。

【回答H】経済的な余裕がないので働かざるを得ません。保育園に同時に3人入園していれば3人目は免除等の経済的な補助はありますが、これに該当することはまれだと思います。学年が上がるにつれて、習い事等支出は増え、保育料も減ることはありません。第3子以降は保育料免除の措置は同時期に入園している場合のみでなく、第3子以降は免除という形になったらとても経済的に楽です。

「税金をたくさん払っているのに……」理不尽な所得制限制度

所得が高い世帯であっても、子育てが楽なわけではない。保育料が高くなるだけでなく、各種の補助制度から外れてしまうことに対しては、収入に応じてそれだけの所得税や社会保険料を支払っているのに、という不満を持つ人もいる。また、年功序列が根強い日本社会では、年齢が高いと、親が若い子育て世帯よりも高所得になるが、将来的に働ける期間は短い。

厳しい生活費に落ち込む日本人女性
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こうした保育制度や子育て支援における所得制限については、2019年の保育料の無償化や児童手当の所得制限の強化の時にも大きな論争になっている。すべての世帯の保育料を無償化することは「高所得世帯に手厚い所得再分配になっている」という批判もあれば、一方、児童手当など子育て支援に所得制限などを導入することを「理不尽だ」という声もある。

【回答I】また、保育料が収入に応じて異なるようになりましたが、同じ保育をうけていてなぜこんなに支払わなければならないのかと感じます。(略)または定額にして助けが必要な世帯に補助金を市が出す方法にしてもらいたい。子どもの医療費も収入があるからと支払額を上げられると実際、負担が大きいです。

【回答J】保育料が年収に応じてはつらい。共働きで年収合算して保育料が高額になる。所得税。医療費もかかる。所得に応じての負担は理解できるが、保育料だけじゃなく同時にこれだけの負担が増えていることも社会に知ってほしいし、考慮してほしい(保育料は一律にするなど)。(略)金銭面はたとえ余裕がある方としても家事・育児の時間に関しては余裕がない。気持的にしんどいし(常に部屋の掃除が後まわしになって汚い、子どもに関わる時間がゆっくりとれない)、お金で解決することになり(ご飯を買う、食洗機などの利用)、生活は周囲が思っているほど楽ではない。

なぜこんなにも母親にとって子育てが苦しいのか

保育園は、子どもを産み育てながら働く、また介護などを抱える親、主に母親を支えるために存在している、はずである。しかし、著者らの調査、自由記述から見えてくるのは、保育園が母にとっての「壁」になってしまっている現実である。

「保育の壁」は、たんに保育園に入れないという問題ではない。妊娠や出産時期で入所の有利不利さえ左右されてしまうから、保育園に入りやすくなるように育児休業を切り上げ、あえて就労時間を長くする人もいる。入所申請で母親たちはすでにヘトヘトだ。入れるかどうか先の見えない不安の中で、育児休業中も気が休まらない。

入所の壁の前には死屍累々ししるいるいである。綱渡りのように認可外保育園に預けて働く人もいれば、仕事をあきらめざるを得ない人もいる。一度仕事を辞めてしまえばさらに保育園に入りにくくなり、容易には再就職できない。入所の可否が、母親の人生を決定的にと言ってよいほど大きく変えてしまう。少子高齢化で現役世代が減る中では、一人でも多くの人が働き、子どもを産み育ててもらうことが必要ではないだろうか。

通りで赤ちゃんと一緒に通勤中の若い自信に満ちたワーキングマザーの肖像画。
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです

保育園に無事入れても「預けられるか」という不安は続く

前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)
前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)

保育園に入れたとしても、壁は立ちはだかり続ける。2歳児までの小規模認可に入った人はすぐに3歳児からの保育園入所の申請準備にかからねばならない。また、一人っ子でなく複数の子どもを持ちたいと思っても、下の子の出産時に上の子を保育園に預けることもなかなかかなわない。さらに子どもが小学校に入っても、壁はなくならない。学童は保育園ほどのケアは提供していないし、職場の配慮も以前ほどではなくなる。一方、小学生は小さな子どもだ。まだ手がかかるし、一人にしてはおけない。

親にゆとりがあって幸せであれば、子育ても楽しめるはずだ。だが現実は、子どもを産んだとたん、子育ての責任は母親に重くのしかかってくる。子どもを産むことが、キャリア形成やさまざまな人生で実現したいことをあきらめなくてはならないようなリスクをもたらしている。母親の人生の見通しは立たないままだ。

出典
(※1)内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』131頁
(※2)厚生労働省(2022)「令和3年賃金構造基本統計調査結果の概況」
(※3)内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』21頁