親の価値観で進路を決められたというハズレガチャ

友達と過ごす時間もなく、大好きなゲームを禁じられていても、祖父母や両親の期待に応えたい、落胆させたくないと思い、必死で勉強してきました。多くを犠牲にしたにもかかわらず、学校の成績が振るわなくなったとすれば、つらいはずです。両親や祖父母は、ツトムが有名私立中学校に通っていることにしか気が向いておらず、実際のツトムの状況や気持ちに関心がなかったことも、真面目なツトムにとって、相当なプレッシャーになっていたと思われます。

誰もツトムの好きなことや将来を考えずに、ツトムに偏差値の高い私立学校を目指させた点で、ツトムはハズレガチャと言えるでしょう。もしツトムに好きなことや将来の目標があり、そのために中学受験をしたとすれば、背伸びして入った学校で成績が振るわなくても、タケシのことを羨ましく思ってしまうことはなかったでしょう。親の価値観で進路を決められたところが、ハズレガチャに相当しそうです。

もし親に余裕があって子どもに向き合う時間があったら…

それでも、もし他の親元で生まれ育っていたら、タケシたちの未来は今よりもよい方向に進みそうだと、思わずにはいられません。タケシとツトムの親がもっと子どもの好きなことに関心を寄せて、少しでも時間を割いてあげることができる人たちだったら。タケシは甲子園にタイガースの試合を見に行けなくても、お父さんと公園で一度でもキャッチボールができれば、それだけで「将来の夢」に「プロ野球選手」と書けたかもしれません。あるいはそれで満足して、「料理研究家」や「ヘルパー」と書けたかもしれません。

野球少年
写真=iStock.com/real444
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兄ツトムは高校卒業後の進路について両親に尋ねられたら、今の学校で成績が振るわないままでもいいやと思えたかもしれませんし、高校から公立に転校する選択肢も得られたと思います。余裕ができて、きょうだいと過ごす時間も増え、家の中に居場所を見つけられたのではないでしょうか。

神島 裕子(かみしま・ゆうこ)
立命館大学教授

博士(学術、東京大学大学院総合文化研究科)。早稲田大学国際教養学部、中央大学商学部を経て現職。専門分野は哲学・倫理学。著書に『正義とは何か 現代政治哲学の6つの視点』、共訳書にジョン・ロールズ『正義論 改訂版』など。

宮口 幸治(みやぐち・こうじ)
立命館大学教授

日本COG-TR学会代表理事。京都大学工学部を卒業。会社勤務後、神戸大学医学部を卒業。精神科病院、医療少年院勤務を経て、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医、日本精神神経学会精神科専門医、臨床心理士。著書『ケーキの切れない非行少年たち』が大ベストセラーになる。