もし日本側が警護を担えば、どうしてもしゃちこばって任務にあたる。そうすると、陛下ご自身のご希望とは関係なく、現地の学生や市民なども特別扱いをしてしまう場面が増えたのではないだろうか。

ところが派遣されて交替で警護についた二人の現地の警察官は、陛下がなるべく自由に振る舞えるような対応を見せたらしい。

ディスコで入店を拒否された

たとえば、本書には次のような場面が描かれている。学生仲間と市内のディスコに繰り出された時のご経験だ。

「ここでも傑作な経験をした。土曜日の晩と記憶しているが、私はいかにもディスコが好きそうなMCR(ミドル・コモン・ルーム=大学院生の自治会)のある男性と一緒にとあるディスコに入ろうとして、入口で差し止められてしまった。理由を聞くと、ティーシャツやジーンズではその晩は入れない由である。ちなみに私がジーンズ、友達がティーシャツ姿であった。さらにその人(店員)は私たちの後方にいた警護官を指差し、『あなたは結構です』と言った。彼はネクタイこそしめていなかったが、ブレザー姿であったから許可されたのであろう。オックスフォード滞在中は、可能な限り他の学生と同じでありたいというのが私の本心であり、自分が誰かを名乗るなどとんでもない話である。素直にそのままあきらめて帰った」

この場面で、日本側が身辺警護にあたっていたら、どのような対応をしただろうか。ロンドン警視庁の警察官は“連れの仲間”風のブレザー姿であり、店員の拒絶にも介入せず、陛下ご自身の判断を尊重している。私の勝手な想像ながら、こうした対応は、日本側の警護では期待しにくいのではあるまいか。

こうしたロンドン警視庁の流儀が、陛下の現地での生活をより自由で学生らしいものにするために、大いにプラスになったはずだ。

ジーンズ姿の陛下に日本人観光客が「ウッソー!」

陛下はオックスフォードご滞在中は、なるべくジーンズなどラフなスタイルで外出されていたという。そんなある日のこと。バッタリ日本からの観光客と出会われた。その時の観光客の反応を次のように記されている。

「私と顔を合わせた日本からの観光客も最初は目を疑ったらしい。若い女性から目の前で『ウッソー!』と言われた時は、『ウッソー!』の本義を知らず、どう反応していいか迷った」

日本からの観光客なら、ジーンズ姿の陛下と出くわせば、誰でもわが目を疑うだろう。ここでも陛下は「『ウッソー!』の本義を知らず……」と生真面目に振り返っておられる。しかし、それが何ともユーモラスだ。