脳ブームの火付け役は1冊のベストセラー

実は「脳」という言葉が魅力的なイメージを持つものと認識され、脳に関するブームを引き起こしたのは、1995年の『脳内革命』(春山茂雄、サンマーク出版)の出版がきっかけだった。著者の春山氏は東京大学医学部を卒業後、消化器外科医として研鑽けんさんを積み、本の出版当時においては、自らが設立した田園都市厚生病院の院長を務めていた。この本の内容は、アマゾンのサイトには次のように説明されている。

どんなに嫌なことがあっても、事態を前向きに肯定的にとらえると脳内には体に良いホルモンができる。プラス発想こそが心身にとって最高の薬となることを、医学的・科学的に明らかにした画期的な書。

しかしながら、専門家からはこの本の内容について批判が相次いだ。『医者からみた「脳内革命」の嘘』(永野正史、データハウス)という本も出版されている。批判者によれば、春山氏が述べている「楽しいことを考えれば、気持ちを前向きに持っていれば、脳内モルヒネが出てさまざまな病気が治る」という説は、医学的に実証されていないことが指摘されている。

脳の解剖図
写真=iStock.com/Nikola Nastasic
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『脳内革命』の著者は脳科学の素人

けれども、不思議に感じられるのは、一般の人たちやマスコミのこの本に対する態度である。上記のような批判があるにもかかわらず、『脳内革命』への支持は熱狂的なものがあり、今でもこれに傾倒している人は少なくない。アマゾンの読者レビューを見ると、比較的好意的な反応が多い。春山氏が食事、運動、瞑想めいそうの重要性を述べている点などについて肯定している意見もみられ、医学的な観点と一般の人の感覚は大きく異なっていることを実感した。

筆者の春山氏は東大医学部卒の高学歴の人ではあり、東大病院、東京逓信病院などの有名病院で診療を行っているものの、専門は消化器外科の臨床医で、「脳科学」やそれに関する研究とは無縁の存在である。日本の医学関係のデータベースである医学中央雑誌を検索してみても、春山氏の研究論文は外科時代のものが数本あるのみで、脳機能などに関連しているものは皆無である。

つまり春山氏は、能力の高い高学歴の医師ではあるが、この本のテーマである「脳科学」に関する点では、素人といっても差支えがない。この本の中に実証的な検証データがほとんど含まれていないことはたびたび指摘されてきたが、春山氏自身そういった知識はあまり持っていなかったので、書きようがなかったのかもしれない。