私の方が気遣われていると感じることも
「それまで、自分にしかわからない仕事の進め方をしていたことに気づきました。その後はすべてのデータをこまめに共有フォルダに保存するように。併せて、入力ルールをまとめたシートを作成し、自分が急に休んでも仕事が問題なく、円滑に回るように働き方を変えました」
復職後は品質保証担当へ異動。製品の原料規格書や表示を確認する業務で、知識や経験も豊富な先輩がそろう中、自分はやっていけるのかと不安がつのる。子育てしながら、家でも勉強に追われる毎日が続いた。
次女を出産し復職すると本社へ異動を命じられた。次女は長女と同じ保育園に入れず、別の園に通わせたが、本社への通勤は1時間半かかるので、2カ所の送り迎えは厳しい。
「これはまずいと思い、夫と家族会議を開きました。長女に『保育園かわってもいい?』と聞くと、『ママが大変ならいいよ』と。妹と同じ園に通ってくれることになったのです」
本社では表示全般の確認業務を担当。商品名やコピー文など、表示についての相談を受けたり、調整したり、それまで研究所内で行っていた業務から、さらに範囲が広がった。
辞令がきたのは、そんな子育てと仕事の両立で精いっぱいのとき。管理職になるとは考えもしなかっただけに、「課長」は正直重く感じた。
「部下に直接言われたことはないけれど、むしろ私の方が気遣われていると感じることもありました。チームで何か発言するときも、わざわざ私に事前に確認を取ってくれるなど。頼りない管理職だったと思います」
少しペースをつかめた頃、重大な失敗を経験した。あるときアイスクリームのキャッチコピーについて、マーケティング部から相談を受けた。大谷さんはOKを出したが、版下の最終確認で回覧した際、「これは違う意味にも取れるのでは」と上司から指摘を受ける。急きょ版下のデザインを差し替える事態になった。「それからは後輩に相談を受けても、自分でOKを出すことが怖くなってしまい。全部先輩に確認して戻していたけれど、それでは仕事が回らない。自信をつけるために、伝え方や文章の書き方なども勉強するようになりました」
定期ミーティングでは、各自の近況や業務の悩みを自由に話してもらっている。ふだんも自分から電話をかけてコミュニケーションを取るように努めてきた。
「マネジメントで一番大切にしているのは、みんな“自分とは違う人なのだ”と理解すること。私の話も、相手には違う意味に聞こえることがある。人それぞれ捉え方は違って当たり前。子育てを通してそう気づいてから、より前向きにコミュニケーションを取れるようになりました」
管理職になり、今は大好きなモノづくりに直接関わることはなくなったけれど、自分の決断がダイレクトに商品に反映されることにやりがいを感じていると話す大谷さん。
「昔はモノづくりとは手を動かす作業と考えていたけれど、より広い視野のもとでモノづくりに関われていると思えるようになりました」
手を動かすことは好きなので、今は子どもとクッキーを作ったり、ビーズで小物を作ったり。「子どもの方がうまかったりして」という大谷さんは誰より楽しそうだ。
ロッテ 品質保証部表示課 課長
2005年ロッテに入社。中央研究所基礎研究部素材開発研究室で基礎研究に従事。06年同研究所健康食品研究室へ異動、健康食品の開発を担当。12年育休復職後、同研究所品質保証担当へ異動。15年育休復職後、品質保証部表示課へ異動し、20年6月より、同課管理職として勤務。
撮影=植田真紗美
1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。