老後のお金について不安をもつ人は多い。経済コラムニストの大江英樹さんは「『老後不安』というのは、じつは現代日本における最大のナラティブ(物語)なのではないだろうかと思います。そしてその正体不明の不安があるから、『誰もがお金を増やしたい』という漠然とした空気に支配されているのではないかという気がするのです」という――。

※本稿は、大江英樹『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

日本の通帳
写真=iStock.com/takasuu
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バブルや恐慌が生じるメカニズム

イェール大学の教授でロバート・J・シラーという人がいます。米国の一戸建て住宅の再販売価格動向を示す指数である「ケース・シラー指数」を作った人ですが、そのシラー教授が最近『ナラティブ経済学』(東洋経済新報社)という本を書きました。

「ナラティブ」というのは「物語」という意味で、シラー氏は著書の中で「ある社会、時代などについての、説明や正当化を行う記述のための物語や表象」と表現しています。

少し表現が難しいのですが、簡単にいえば、「バブル」とか「恐慌」といった経済的な現象の多くは、人々がある物語を信じ、それが広く世の中で信じられていくことで起こるということを表しています。

老後不安という日本における最大の物語

たとえば、2000年頃に起こった「ドットコムバブル」(日本ではITバブルといわれていました)の頃は、IT技術の進歩で、関連する銘柄はどこまでも上がると信じられていましたし、アメリカでも日本でも長い間「土地神話」があって、土地は常に値上がりするということが信じられていました。

彼は、さまざまな経済現象を分析するには、単に数字やデータだけではなく、そうした人々の行動を支配しているその時々の流行はやりの物語を、解析の対象に取り込む必要があるといいます。

つまり、「どうしてそんな流行が起きたのか? 人々はどうしてそれを信じているのか?」といったことですね。

私がその本を読んで感じたのは、この数十年にわたって続いてきた「老後不安」というのが、じつは現代日本における最大のナラティブ(物語)なのではないだろうかということです。そしてその正体不明の不安があるから、「誰もがお金を増やしたい」という漠然とした空気に支配されているのではないかという気がするのです。