自分勝手なのは父だけではなかった
「とにかく、行ってくるから」
いつガソリンスタンドが再開するかわからないのだから、無駄なガソリンは使いたくない。こういうときは自転車に限る。さあ、出発進行! ペダルに足を掛けたまさにそのタイミングだった。
「出掛けるんだったら、ヨーグルト買ってきて。今朝食べちゃって、明日の分がないから」
茶の間から顔を出した老母が宣った。
「だから! 千葉県中が停電してるってさっきから言ってるでしょ。スーパーもコンビニもやってないの!」
腹立たしさを振り払いたくて、思い切りペダルを踏む。2時間後、兄宅の手伝いが一段落し、汗ダラダラになって帰宅すると、冷房の効いた茶の間でのんきにテレビを観ていた老父が、「おーい!」と叫んでいる。
「私は召使いじゃない!」思わず老父を一喝
「何?」
「お前、電気屋に電話したのか? 早くしねーと、相撲がはじまっちまうだろ」
「だから! 電気屋さんは今、相撲どころじゃないの。千葉県中が停電してて、みんな必死に復旧作業をしてるんだから」
かなり強い調子で言い返したので諦めると思いきや、そんなことはない。
「だったら俺が自分で掛ける」
懇意にしている近くの電気屋さんに電話を掛けはじめる。ただ、状況が状況だけにそう簡単には繋がらない。
「掛かんねえなあ……」
首を傾げたかと思ったら、
「繋がらねーから、お前、自転車でひとっ走りして電気屋を連れてこい!」
命令口調で言い放った。この人はこんなにも分からず屋で自分本位だっただろうか……。と思いつつも、今ここで甘やかしたらもっと図に乗ることは予想できる。何でも思い通りにいくと思ったら大間違いだ。
「私はあなたの召使いではありません。そんなに観たかったら、自分で電気屋さんまで行ってきてください!」
耳の遠い老父が飛び上がるくらいの大声で雷を落とした。
1958年千葉県生まれ。中央大学専門職大学院国際会計研究科修士課程修了。出版社勤務を経て2010年よりフリーライターに。2016年『アレー!行け、ニッポンの女たち』(講談社)でデビュー。ほかの著書に『それでも、僕は前に進むことにした』『彼女が私を惑わせる』(共に双葉社)、『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)。