老母に認知症の兆しが見え始めたのを機に実家へのUターンを決めたものの、そこには予想を上回る修羅場が待っていた。中高年世代にとって老親の介護は、決して他人事ではなく目の前に迫った大問題。理屈が通用しない老父母の破壊力、加えて世間知らずの叔父叔母夫婦までもが参戦し、日々爆発寸前の状態に追い込まれていく。小説家・フリーライターのこかじさら氏が、家族愛などというきれいごとでは決して乗り越えることができない、数々の壮絶エピソードを明かす――。

※本稿は、こかじさら『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

公園を歩く老夫婦の写真
写真=iStock.com/Obencem
※写真はイメージです

他人事だった介護がついに自分事に

「ここ最近、親父とお袋がくだらないことで言い争いをして。そのたびに電話が掛かってくるんだから、もうやってられないよ」

「お袋の奴、ちょっと気に入らないことがあると、タクシーを一時間も飛ばして家出するんだけど。迎えに行くこっちの身にもなってほしいよ。俺だって遊んでるわけじゃないんだからさ」

老父母が80代に突入するかしないかの頃だったと思う。東京で会社勤めをしていた私のところに、実家から5分ほどのところに住む自営業の兄からウンザリした様子で頻繁に電話が掛かってくるようになった。

母の入院中もわがまま放題の父にうんざり

すでにこの頃、老父母共に認知症の初期症状が表れていたのだろうが、元々短気で神経質な父と何でも自分の思い通りにならないと気が済まないほど我の強い母故、くだらない夫婦げんかは日常茶飯事。

「放っておけばいいんじゃない」

対岸の火事よろしく、深刻に考えてはいなかった。だがしかし、5年ほど前、そうは言っていられない事態に襲われ現実を直視せざるを得なくなる。

「お袋が救急車で運ばれた!」

打ち合わせ先へ地下鉄で向かっていると、兄から電話が掛かってきたのである。

「どうしたの?」

「お腹が痛いって七転八倒して」

その瞬間、「大丈夫だろうか?」と心配するより先に、「あの人、年齢の割には大食いだからな」まずはそう思った。だからといって放っておくわけにもいかない。打ち合わせを終えるとすぐ、東京駅発の高速バスに飛び乗った。

案の定、食べる量に消化が追いつかず、胃腸がパンク状態に陥ったとのこと。重篤な病気ではないものの、年齢を考慮し入院することになった。その頃実家では、買い物も、炊事も、洗濯も、何ひとつ自分ではしないくせに、一人残された老父が「これは食べたくない」「甘過ぎて口に合わない」と、わがまま全開で義姉を困らせていた。