マッコウクジラの骨は鯨骨生物群集を形成しない?
つまり、今回の海洋投棄のように「マッコウクジラが全身丸ごとで海底に沈む」という現象は、実は自然界ではあまり起きていない可能性が高いということだ。彼らの遺骸は、死後、長期間、海表面を浮遊し、少しずつ分解され、ポロポロと海底に骨を落としながら漂流していくのだろう。
『月刊海洋』2008年7月号に掲載されている「浮く鯨と沈む鯨 その分解過程から推定される異なった鯨骨生物群集の成立プロセス」という記事の中では、「頭蓋骨と脊椎骨が同所的に存在する可能性は低いと思われる」と書かれている(参考資料1)。とはいえ、鯨骨生物群集ができないというわけではなく、おそらく、個別に海底に沈んだ個々の骨をよりどころに、小さな鯨骨生物群集がいくつも形成されるのだろう。
ちなみに、2002年に鹿児島でマッコウクジラ14頭の集団座礁が起きた時には、1頭は救助、1頭は埋設され、12頭が海洋投棄となっている(参考3)。この時、海洋投棄になったものたちについては、2003~2005年に無人探査機ハイパードルフィンを使った海底調査が行われ、鯨骨生物群集の形成に関わる貴重な知見が得られている(参考4、5)。ただし、そこに成立した生物群集は、自然界のマッコウクジラのそれとは異なる可能性も指摘されている(参考1)。
遺骸の海洋投棄は自然に沿った行いなのか
さて、今回、陸上への埋設と海洋投棄の二つの選択肢が挙げられていた。SNS等の投稿を拝見していると、埋設を「ヒトの手による不自然な行動」、海洋投棄を「より自然界の流れに沿った行動」と考える方々が一定にいるような印象を受けた。
今回の調べ学習を通じて改めて思ったことは、ヒトの手が加わる以上、どうしても自然界での現象とは若干のズレが生じてしまうということだ。当然のことながら、遺骸の埋設は、自然界では生じない。しかしそれは海洋投棄も同様で、マッコウクジラの遺骸がそのまま全身で沈むことも自然界ではめったに起こらないようだ。
私たちは、こうした自然界との“ズレ”の影響がどれほどなのかをまだほとんど知らない。どちらも自然界では起こりにくい“不自然”な現象といえる気もするし、どちらも「海中・土中の生き物によって少しずつ有機物の分解が進む」という点では“自然”の流れの一部とみなせるような気もする。現時点の知見では、どちらがより自然でどちらがより不自然なのか、判断するのは難しいだろう。