キリン解剖学者がクジラのことを調べてみた

本題に入る前に少しだけ自己紹介をさせていただきたい。筆者は、大学院生時代を大学附属の博物館で過ごし、その後も任期付研究員として博物館に在籍し、現在は大学教員を務めている。主に動物園で飼育されている大型動物の解剖に携わり、博物館に多数収蔵されている標本資料を活用して研究を行っている。キリンやゾウの解剖は国内でも屈指の経験値をもつが、大型鯨類の解剖調査には過去2回ほど手伝いにいっただけの「にわか」程度だ。

その程度の経験値なので全く知らなかったのだが、冒頭に書いた通り、クジラの仲間は、死後速やかに沈むタイプと沈まないタイプが存在するそうだ(参考1)。多くのクジラ類は、死後その場で沈降するが、マッコウクジラやセミクジラ、ホッキョククジラなどはすぐには沈まず、海上を浮遊しながら腐敗が進み、少しずつ分解されていくそうだ。

今回の事例では、クジラとともに30トンのコンクリートブロックを沈めたそうだが、それは「すぐには沈まないクジラだから」というのが大きな理由なのだろう。沖にそのまま投棄してしまったら、海洋に浮遊する遺骸と船がぶつかって事故になってしまうかもしれない。場合によっては、海流に運ばれ、数カ月後に再度海岸へ漂着してしまうリスクもある。大阪以外の自治体に再漂着してしまったら、処理費をどちらが負担するかなど、責任問題へと発展するだろう。こうした問題を回避するには、重りをつけて沈めるしかないのだ。

沖縄のクジラは2カ月間も沈まず海上を漂流

「沈まぬクジラと言っても、ただの遺骸なのだから、数週間もしたら沈むのでは?」と思う方もいるかもしれないが、どうやらそんなことはないらしい。調べてみると、大変興味深い事例を見つけた。

2020年、那覇空港近くに漂着したマッコウクジラは、さまざまな事情によってすぐに処理されず、結果として2カ月間にも渡ってそのまま放置されることとなったそうだ。埋設処理に至るまでの2カ月間の様子はきちんと記録され、報告書にまとめられている(参考2)。それによると、時とともに腐敗が進み少しずつ骨が脱落しつつも、遺骸はずっと沈まずに海洋を漂っていたそうだ。報告書の最後には「マッコウクジラの海洋投棄をする場合は、数カ月後でも再浮上して船との洋上事故が起こる可能性がある」との注意喚起がなされている。