強力なインセンティブが働く

この累進的な制度のメリットは、強力なインセンティブだ。まず、子育てにも固定費があるため、子どもの数が増えるほど、家計における子育ての限界費用は低減する。

しかし、出産育児一時金が累進的に増えるなら、子どもの数が増えるほど、家計の限界便益は増加し、ネットの限界便益は大幅に増加する可能性がある。例えば、3人の子どもを持つ家庭でさらに子どもが1人増えても、教育費を除き、生活費が大きく増加するわけではない。むしろ、兄弟姉妹で衣服等をシェアできるため、限界費用が低減するはずだ。

高齢世代に負担増を求めていくのが政治家の役割

なお、政府の一部では、年金・医療・介護の各公的保険制度から少額ずつマネーを拠出して、少子化対策の財源を集める「子育て支援連帯基金」構想を有力視する議論もあるが、この構想は、世代間の再分配政策という視点では注意が必要だ。

なぜなら、連帯基金に拠出する財源を負担するのが、高齢世代なのか、現役世代なのか、不透明なためだ。例えば、現行制度上、公的年金は賦課方式に近い財政スキームを採用しており、高齢者に給付する財源は基本的に現役世代が負担している。医療や介護も基本的に同様の財政構造で、後期高齢者医療制度を中心に財源の多くを現役世代が負担している。

この構造を維持したまま、高齢世代向けの年金や医療の給付などを削減せずに、少子化対策の財源を年金や医療などの社会保険に求める場合、現役世代の負担が増すだけだろう。

見かけ上、引退世代に財源負担をお願いするように装いながら、実質的に現役世代の負担増になるだけなら、現役世代の暮らしぶりは厳しさを増す一方だ。それでは、少子化が一層深刻化してしまう可能性がある。

本当に異次元の少子化対策を行うなら、現役世代が中心に負担する社会保険の財源からの拠出でなく、高齢世代も負担する消費税率の引き上げや、社会保障費の抑制等の財源で行うべきではないか。シルバー民主主義という言葉がある。高齢化が進むなか、投票率の高い高齢世代に負担を求めるのは至難かもしれないが、それをやり切るのが真の政治家の役割だろう。

小黒 一正(おぐろ・かずまさ)
法政大学経済学部教授

1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。同年、大蔵省入省、2005年財務省財務総合政策研究所主任研究官、08年世界平和研究所研究員、10年一橋大学経済研究所准教授を経て、15年4月より現職。著書に『日本経済の再構築』『薬価の経済学』『財政学15講』など。