※個人が特定されないよう、ストーリーには若干の変更が加えられています。
ある日突然、妻子がいなくなった
40代前半の働き盛りの男性のAさんが、すっかり憔悴しきって、法律相談に訪れた。顔色もよくない。寝不足のようだ。
「何かに巻き込まれましたか?」と水を向けると、「先日、仕事から帰ったら、妻と子どもたちがいなくなっていました」と語り始めた。
妻が家を出て行った理由は全くわからないと言う。昨日まで仲の良い家族で、夏には家族旅行、年末年始は家族で過ごし、普通の幸せな家庭だったそうだ。語ると自然に涙がこぼれ出て、Aさんはつらそうだった。
そして、「言い争いはありましたか」と聞くと、ここ半年は、言い争いもなかったという。ただし半年前、妻から、「あなたのしていることはモラハラです」と言われた。Aさんにはモラハラの心当たりは全くなかったため、「そんなことを突然言い出す方がモラハラなんだぞ」と妻を諭したという。
妻が離婚を考える理由の多くは「モラハラ」
私は今年、弁護士34年目である。離婚案件を数多く扱ってきた。私自身は、離婚案件では妻側に立つことが圧倒的に多い。そして日々、弁護士として、妻たちの不満を聞いてきた。
日本では、3組に1組が離婚する。離婚の動機のトップは、「性格の不一致」である。
フランスの精神科医が夫婦間の「モラルハラスメント」を発見し、1998年に著書を出してから、モラハラの概念が世界中に広がった。日本の離婚弁護士たちは以前から、日本の夫たちの横暴をよく知っていたが、その横暴さが言語化され、離婚裁判でモラハラに言及されるようになって既に約20年が経っている。
端的に言おう。妻たちの不満の多くは、夫の横暴さにある。妻たちからみた「性格の不一致」とは、夫の横暴と言い換えてもよいと思うほどだ。そこでここでは、暫定的に、夫の横暴をモラハラと定義しておく。そして、モラハラを行う男性を「モラ夫」(モラ夫の定義は別の機会に述べる)として、さまざまな事例を紹介しながら解説したい。
離婚弁護の経験上、モラ夫は、ごく普通の日本の男性であり、全く珍しい存在ではない。モラ夫の原因を精神疾患、人格障害等に求める説もあるが、これらの説は間違っている。モラ夫は、むしろ家庭の外でも中でも規範意識のある、通常の男性である。多くのモラ夫たちは、自分がモラ夫であることの自覚はなく、むしろ、妻こそが横暴で理不尽な主張をしていると考える。そして、自分がその被害者と認識していることも少なくない。