性犯罪者は治療によって更生できるのか

最後に治療についても触れておく。「性犯罪者の行動は医学的治療によって改善できるのか」。この問いへの答えは2つある。つまりイエスとノーである。

通常、治療の前には必ずアセスメント(分析と評価)があるが、治療によって効果を上げるためにはどのようなケースにどのような治療を施すのかというアセスメントをいかに正確に行うかが重要となる。なぜなら性犯罪ほど年齢や、知的レベル、社会的地位に関係なく、さまざまな階級の加害者が幅広く分布している罪種はないからだ。したがって、治療にあたってもそれぞれの特性にあった介入方法をみつけてアプローチしていく。

欧米では選択的セロトニン再取込阻害剤(SSRI)やホルモン作用物質などを中心とした薬物療法が導入されている国もあるが、いずれの場合でも薬物療法単体で行われているわけではなく、心理療法と併用で実施されている。わが国においても、ここまでに記載してきた通り、認知のゆがみや、依存的な心性が犯罪行為に深く関係しているとするならば、基本的な治療選択は認知行動療法を中心とした心理療法となるであろう。しかし、もしその根底には日本社会におけるジェンダー不平等などの文化的背景があり、それが犯罪促進的に作用しているとしたならば、問題解決までにはまだすこし時間がかかりそうである。

ただし、そうはいっても実はやるべきことは単純なはずであるである。たとえば、対人関係を円滑にしてストレスをため込まないことや適切なストレス発散の方法をみつけること、そして何よりも常に相手を尊重する気持ちをもって接することといった、犯罪歴の有無を問わず、誰もが日常から気をつけるべき、ごく普通の生活を繰り返すことこそがすべての犯罪行為から自分を遠ざけるための一番の秘訣ひけつなのだから。

安藤 久美子(あんどう・くみこ)
精神科医 聖マリアンナ医科大学医学部医学科神経精神医学教室准教授

多数の重要な犯罪事件で犯人の精神鑑定を行い、東京高等検察庁に表彰される。法務省などで講演実績多数。認知行動療法を使った性犯罪者のための治療プログラム「SPIRiTS(スピリッツ)」を開発し犯罪者の更生に取り組むと同時に、被害者の支援も行っている。