俳優・香川照之の性加害報道に続き、ENEOS(エネオス)ホールディングスの前会長も同様にホステスへの性加害が報じられ電撃辞任するなど、地位のある中高年男性のスキャンダルが絶えない。そんなとき、彼らは番組降板、辞任などの責任の取り方をするが、性暴力そのものの病理にフォーカスせず、臭いものに蓋をするような幕の引き方でよいのだろうか。精神科医であり、法務省の治療プログラムにも携わり、性加害者の分析・治療に当たる聖マリアンナ医科大学准教授の安藤久美子さんが解説する――。
エネオス(=2021年10月22日、佐賀県)
写真=時事通信フォト
エネオス(=2021年10月22日、佐賀県)

精神医学ではどこからが「性暴力」に当たるのか

性暴力の定義としては、確立したものはないが、われわれ専門家が加害者臨床のなかで扱う「性加害行為」というときは、「同意のない性行為全般」を指している。したがって、このなかには、刑法上の犯罪未満の行為も当然含まれてくることになる。

こうした前提で「性暴力」を考えてみると、その行為の範囲は非常に幅広く、わいせつな言葉掛けなどの非接触の行為から、実際に身体に触れるような接触性の高い行為まで含まれる。また、一般的には、接触性の高い行為は攻撃性の高さと比例しているように思われているかもしれないが、必ずしもそうではない。たとえば、いわゆるのぞきや露出などは、直接的な接触はなかったとしても、被害者を持続的で甚大な恐怖に陥れることは間違いない。

性暴力における「同意」とは

また、性犯罪において法的に問題となりやすいのは「同意の有無」である。しかし、そこには日本社会の文化的背景も影響しており、正しく同意の有無を確認することは難しい場合もある。たとえば、驚くかもしれないが、現代においても「女性なのに逆らうのか」「上司の命令には従わざるを得ない」といった発言に代表されるようなジェンダーに関する問題や年功序列的な考えがいまだに根強く残っているのである。

さらにこうした考えは、強要する側だけでなく、強要される側にも共通してみられることがある。たとえば、「明確な意思表示は女性らしくない」といった考えを持っていたり、「出世したい」「気に入られたい」といった考えが脳裏をかすめたというだけで、「少しくらい強要されても仕方ない」「自分にも下心があったのだから、被害者とは言えない」などと考え、被害者側も自身に起こった出来事を被害体験としてではなく、むしろ自責的に捉えていることさえもある。

「世の中への怒りを示すため」弱い女性を狙う加害者もいる

また、近年の傾向としては、「年上の女性なら許してくれると思った」などと誤った母性を相手に重ねていたり、あるいは、女性の地位向上を推進する政策的・社会的背景への不満から、「世の中への怒りを示すために女性に屈辱的な思いをさせたかった」という犯行動機を語る犯人もいた。

こうしてみると、もし性犯罪防止に対して適切に対処しようとするならば、加害者と被害者の両者の心性について正しく理解しておく必要があるだろう。

性欲ではなく支配欲

まずは加害者の心性について正しく理解するために、加害者に関する誤解されやすい項目の例を【図表1】にまとめて示した。

【図表1】性犯罪について誤解されやすい4つの事項
図表=筆者作成

「誤解されやすい事項1」として挙げられるのは、「性暴力は抑えがたい性的欲求による」という誤解である。性犯罪の根底にあるのは、セクシャルな言動を通じて表現された他者への支配欲である。それゆえ、性的関心はもちろん存在するものの、いわゆる一般的に考えられているような性的満足を得ることだけが目的ではないことも少なくない。

筆者が精神鑑定などの場面で男性の強姦犯らの話を聞く限りでは、犯罪行為の際に必ずしも射精にいたっていないことも珍しくない。また、性犯罪者は普段から性欲が強いとか、男性ホルモンが高値であるなどとも誤解されがちであるが、これまでに精神鑑定を行った性犯罪者たちのなかには男性ホルモンの値が異常値を示していた者はいなかった。

性加害者は常に「抵抗しないであろう者」を選んでいる

「誤解されやすい事項2」は、「性的欲求は衝動的でコントロールが不能である」という誤解である。加害者はほとんどの場合、「抵抗しないであろう」者を選んで加害行為を行っている。このことからしても、コントロールできない衝動的な行動であったなどということはできない。刺激によって性的欲動が発動する時点では、年齢、容姿や服装など、自身の好みの相手を物色していたとしても、最終的に実行に至る際には好みよりもより狙いやすい相手にターゲットを絞っているのである。

性犯罪の多くは家族など親密な関係間で起こっている

「誤解されやすい事項3」は、「加害者は発覚を恐れて見知らぬ被害者を選ぶ」という誤解である。よく取り上げられる「レイプ神話」として、暗い夜道で見知らぬ犯人から女性がむりやり襲われたといったストーリーがあるが、性犯罪加害者の多くは身近にいる信頼されている人々である。

つまり実際には、親密な関係間、家族間のほうが、性犯罪の発生率は高いのである。しかし、親密な関係であるほど、被害者は「こんなことで訴えて関係を悪くしたくない」と考えるだろうし、加害者もそうした被害者心理に付け込み、「こんなことでは訴えないだろう」などと高をくくっている。これが「誤解されやすい事項4」にも挙げたように、性犯罪はすぐに発覚するどころか、ほとんどが暗数となっている大きな理由のひとつなのである。

うずくまって頭を抱える女性
写真=iStock.com/Tinnakorn Jorruang
※写真はイメージです

性加害者に潜む知られざる病理を理解するために

では、こうした加害者のこころのなかでは何が起こっているのであろうか。ここではいくつかの要因のなかから3つを取り上げて概説解説する。

【図表2】性犯罪加害者の認知のゆがみの例
図表=筆者作成

1)「相手は嫌がっていない」などと、認知がゆがんでいる

ひとつめは図表1に示した「誤解されやすい4つの事項」のすべてにも関係している「認知のゆがみ」である。認知のゆがみには大きく分けて「否認」と「最小化」がある。「否認」とは、例えば「相手から誘ってきたのに、こんなことになり迷惑だ」などというように自身を被害者として位置づけていたり、「むこうもその気だった」「相手の嫌がることはしていない」などと相手が非同意であったことを認めなかったり、「相手は傷ついていない」とか「いつまでも恨んだりはしない」といったように相手の傷つきを認めなかったり、さらには「他の人も同じようなことをやっている」などと自分の行動がもたらす影響を軽視し楽観的に捉えすぎるといったパターンがある。

「接客業の女性はこれぐらいで傷つかない」と考える「最小化」

次に、「最小化」とはどんな傾向を指すのだろう。これは、たとえば「少しぐらいなら大丈夫だろう」とか「この程度なら傷つかない」といった自身の行動の結果を過小評価したり、「水商売をやっているんだから傷つくことはない」、「嫌だと言っていても実際にはそれほど嫌がってはいないだろう」などと相手の気持ちや感情を理解していないパターンがある。さらには、「お金を払っているのだから何をやってもいい」「普段から面倒をみてあげているのだから、これくらいはいいだろう」といった自分が支配者であるかのような所有者意識をもっている場合もある。

これらの「否認」と「最小化」は、どちらか一方だけというよりも両方を持ち合わせており、状況に応じてそれらの誤った認知を都合よく変容させて自己の行動を合理化しているのである。

【図表3】性犯罪加害者の認知のゆがみ事例
図表=筆者作成

2)ストレスを受けることで支配性と攻撃性が発動する

ふたつめは「支配性と攻撃性」である。先述した「誤解されやすい4つの事項」でも少し触れたが、性犯罪とは、セクシャルな言動を通じて表現された他者への支配欲である。では、どうして支配したり攻撃したりしたくなるのか。分析にあたっては、もともとの攻撃的なパーソナリティーが関係していたり、過去に加害者自身が受けた被害体験への復讐的な意味合いを含んだ加害行動であったりすることもある。しかし、もっともわかりやすく、そして高い比重を占めているのは、もっと単純な「ストレス解消」であったり、自己の「劣等感や自己評価の低さの反動」であったりする。

これは子どものいじめの構造と類似している。うまくいかないことや不快な体験があったときに、自分よりも弱いものを攻撃してその状況を支配し優位性を実感することで、抑圧された不満や怒りの感情を発散する。これによって平素より感じている劣等感や自己評価の低さから一瞬だけでも目を背けられるからである。だからこそ、加害者は失敗しないように被害となる対象をよく選んでいるし、はじめから意図していなかったとしても、時に暴力的な手段にまで発展してしまうこともあるのである。

3)「今回で最後だから」と犯罪思考を自己擁護して実行

そして3つめの大切な要因は「依存の構造」である。

多くの性犯罪者は、犯罪行為を行う前に、自分がこれからやろうとしている行動の意味を理解しており、さらには「捕まったらどうしよう」というように行動の結果、何が起こりうるかということも想像できている。しかし、いったん犯罪行為のスイッチが入ってしまうと、行動を遂行する方向にしかベクトルが向きにくくなる。

すると次には、「これでもう終わりにする」とか「あと1回だけだから」などと事前に言い訳をすることで自身の思考や行動に合理性を与え、さらには「今回もうまくいく」「やめようと思えば自分はいつでもやめることができる」などと自分に言い聞かせ、犯罪思考を擁護する方向に自らを進めていく。その結果、この「あと1回だけ……」という誓いは永遠に繰り返されていくことになるのである。

【図表4】依存の構造
図表=筆者作成

性犯罪者は治療によって更生できるのか

最後に治療についても触れておく。「性犯罪者の行動は医学的治療によって改善できるのか」。この問いへの答えは2つある。つまりイエスとノーである。

通常、治療の前には必ずアセスメント(分析と評価)があるが、治療によって効果を上げるためにはどのようなケースにどのような治療を施すのかというアセスメントをいかに正確に行うかが重要となる。なぜなら性犯罪ほど年齢や、知的レベル、社会的地位に関係なく、さまざまな階級の加害者が幅広く分布している罪種はないからだ。したがって、治療にあたってもそれぞれの特性にあった介入方法をみつけてアプローチしていく。

欧米では選択的セロトニン再取込阻害剤(SSRI)やホルモン作用物質などを中心とした薬物療法が導入されている国もあるが、いずれの場合でも薬物療法単体で行われているわけではなく、心理療法と併用で実施されている。わが国においても、ここまでに記載してきた通り、認知のゆがみや、依存的な心性が犯罪行為に深く関係しているとするならば、基本的な治療選択は認知行動療法を中心とした心理療法となるであろう。しかし、もしその根底には日本社会におけるジェンダー不平等などの文化的背景があり、それが犯罪促進的に作用しているとしたならば、問題解決までにはまだすこし時間がかかりそうである。

ただし、そうはいっても実はやるべきことは単純なはずであるである。たとえば、対人関係を円滑にしてストレスをため込まないことや適切なストレス発散の方法をみつけること、そして何よりも常に相手を尊重する気持ちをもって接することといった、犯罪歴の有無を問わず、誰もが日常から気をつけるべき、ごく普通の生活を繰り返すことこそがすべての犯罪行為から自分を遠ざけるための一番の秘訣ひけつなのだから。