水商売の客は何に対して高額の料金を払うのか?

では時給7000円のホステスと、時給1200円の居酒屋店員の差額5800円には一体何が含まれるのか、という問題がある。ブラジャー代ではない。お触りでもどうやらない。意識としても人によってバラバラだろう。ホステスにあなたの時給に何が含まれるかをアンケートで問えば、千差万別の答えが返ってくる。意識高い系の人は相談に乗り癒しを与えるプロだから、とか言うだろうが、オヤジの臭い息に耐える苦痛の対価というギャルもいるだろうし、就活に不利になるリスクという学生もいる。私個人的には、水商売臭と水商売マインドがなかなか抜けないこと、などはぜひエントリーしたい。今回の役者事件など見ていると、不当な扱いを受けて訴えた時に、「ホステスならそれも仕事でしょ」とか言われる不快への前払いという側面も無視できないし、本気の愛を信じてもらえないなど詩的なやつもある。

そして逆から見れば、2時間居酒屋で飲んで4000円支払う客と、同じ酒量でクラブに5万円払う客との間の差額には何が含まれているのか。これもまた人によって実に多様だ。色恋営業に引っ掛かってキャバクラ通いする若い客にとっては貢物の意味が多いかもしれないし、ポケットに手を突っ込んで老舗クラブに入っていく常連にとっては「成功している粋なオレ」の証なのだろうし、ワイワイ騒いで無駄にシャンパンを入れまくる輩にとってはポトラッチと見栄が半々なのかもしれないし、人に馬鹿にされないために、あるいは自分に酔いたいがために、大事な客として扱われたいがために、楽して接待するために、あそこの会社は儲かってるんだと思ってもらうために、人は高額を払う。

客が買うものとホステスが売るものは一致しない

客同士で比べてそれだけ多様だということは、客とホステス、そしてホステスを揃えて客を待ち構える店舗経営側まで入れれば、ここで飛び交うお金が一体何であるのかという点について、それぞれが勝手に意味付けしているということでもある。客が買っているものと店とホステスが売っているものが一致しない場所、それが歓楽街なのである。社交や色恋や性愛や見栄や承認をひとまずお金でなんとかしようというビジネスは実にややこしい。当然、これだけ払ったんだからあれとこれは含まれるでしょ、という客と、その金額じゃちょっと微妙かな、という店と、百万使ってもらったら一回くらいデートするなんてどこにも書いてないしそんなのは別でしょ、というホステスとの間の認識の差異による揉め事は起こりうる。店にいる客とホステス全員で投票したとしても見解は分かれる。

しかし、どのような投票をしてもひっくり返せないダメな行為というのはある。しかもそれも多くが明文化はされていない。当然、この人は許されてこの人は許されないなんてこと、俗に言うカッコ・イケメンに限るの法則だって起こる。

その困難を面白いと思えない場合はそういった店には近づかない方がいい。自分にとって大切な人の酒癖が、そういった非常に細やかな人の心の機微を扱う場所に向いていないと思ったら、その人のために首に縄をつけて一緒に帰ってあげるのが良い。

役者の行為は雑誌で見る限りは10・ゼロの投票になると思うのだが、不幸だったのは、酔った彼を喜ばそうとする人は周囲にいても、役者としての彼を死んでも守るためにあの場で彼を叱りつける人がいなかったことだろうか。人垂らしと噂される彼の身近な人々に彼のこれまでの遊び方や飲み方がどう見えていたかが、反省してなお応援されるかどうかを分かつのではないか。

鈴木 涼美(すずき・すずみ)
作家

1983年生まれ。慶應義塾大学在学中にAVに出演。東京大学大学院社会情報修士課程を修了。修士論文が『「AV女優」の社会学』として書籍化。日本経済新聞社記者を経て、文筆家として活躍中。初の小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補になった。